Vision(ビジョン)は将来構想や未来像,Mission(ミッション)は使命や任務と訳されることが多いが,トップ企業のホームページを見れば必ずこのVisionとMisssionという文字が躍る。企業にとってより多くの収益を上げ,Stakeholder(ステークホルダー:従業員,株主,取引先などの利害関係者)により多くの利益を分配することが最大の目標であるが,それ以外に企業があえてVisionとMisssionを提示する理由は,組織が大きくなればなるほどStakeholderが多様化して,創業当時の企業理念や経営者の経営方針が浸透・徹底されず,企業の存在意義が利潤の多寡を表す数字の前に霞んでしまうからである。ようは儲かればいいと言うことになり,成れの果ては,欠陥・偽装商品問題,粉飾決算などの企業不祥事へとつながるのであろう。そこであえて,「我社は,将来はこんな会社になります」だとか,「我社は企業活動を通じて,こんな使命を果たします」と宣言し,放って置けば緩みがちな「たが」を締める意味があると思う。
 
 一方,企業にとってのVisionとMisssionを体育会クラブに当てはめるとどうなるであろう。体育会クラブにとって,まず勝負に勝つことは自明の理であるはずだ。「勝つことだけがすべてではない」とおっしゃるのもごもっともだが,勝負はおいといて楽しければいいと言うのでは,同好会でよい。しかし体育会クラブを「勝ったか負けたか」の一元的な尺度のみで評価すると,企業の「儲け主義」と一緒で「勝利至上主義」へと偏向し,あるべき体育会クラブの姿が歪められる事がある。事実,我クラブにおいても[勝てばいいんだろ!」のような思い上がりがはびこり,勉学がおろそかになったり,不祥事が起きたりで,OBや関係者に多大なご心配をかけた。

 そこで我クラブでもVisionとMisssionを設定しようと,あれこれ考えた。考えあぐねて,まだ試行段階だが,筑波大学水泳部水球部門のVisionとして「水球を通して人間力を高め,社会に有用な人材を輩出し続ける組織である」ことを掲げている。さらにMissionとして「1)自チームの競技力を高め,日本水球界をリードする.2)世界の水球に関する情報収集を積極的に行う.3)水球の指導・普及活動を通じて,日本水球の発展に資する」ことを提示したい。

 先のブログにも掲載したが,我筑波大学は,前身の東京高等師範学校が1907年に日本で一番早くウオーターポーロを始めたわけで,いわば「水球のパイオニア」である。その筑波大学はこれまでに数多くの優秀な水球指導者を輩出し,特に近年の高校水球界にあっては,ジュニアオリンピック,インターハイ,国体の3タイトルを制するグランドスラムを達成した指導者を何人も世に送り出してきた。よって今後も,日本の水球界を背負って立つような人材を育成していくことは当然の責務であるが,たとえ水球の指導者とならずとも,水球を通して自己研鑽に励み,すべからく人間力を高め,社会にとって有用な人材を供給し続けられる組織でありたいと願うものである。一方でそのような組織であり続けるためには,競技のパフォーマンスと言う一元的な尺度のみではなく,部員や保護者の満足度,あるいはOBや水球界における評判など,多元的な尺度で評価を行う必要があろう。このVision達成のために,いろいろと新しい取り組みを行っているが,最終的な評価を下すにはもう少し時間がかかるかもしれない。

 Missionとしては3つを上げたが,もっとも重要と考えているのは3番目の水球に関する指導・普及活動である。本来自チームのパフォーマンスを唯一の評価基準とすれば,高校生や中学生に水球を教えることは,正直言ってメリットは少ない。しかしながら我々はあえて自腹を切ってでも時間を割いて,全国の水球チームを回り,我々の信ずる水球の真髄を伝えたいと願っている。その実例として,今年度の場合には,鹿児島→熊本→長崎→福岡と九州を巡業し,高校生や中学生の指導に当たっている。無論,新人獲得のためのプロモーションもかねてはいるが,それは二の次で,どんなレベルの選手であっても各々のレベルに合わせて指導プログラムを提供できると言うのが我々の売りである。

 現在は,鹿児島や熊本での指導を終え,現地の指導者や受講生から高い評価を頂いている。これも炎天下と高水温にも関わらず,献身的に指導を行う,筑波大学の学生の姿勢を評価していただいた結果だと思う。この後は,長崎と福岡へ回り,引き続き中・高校生を対象として水球クリニックを開催する予定である。指導をしてみて分かるが,地方の水球チームは,水球に関する最新情報に飢えており,我々の言ったことを一言一句聞き漏らすまいと,真剣な眼差しで聞き入っている。よい意味で彼らの期待を裏切り,期待値を超える質の高い指導をする事で,日本水球の底上げに貢献。東京高師→東京教育大の流れを汲み,教育を専売特許とする我大学においては,これも重要なMissionと考えている。

 その他のMissionとしては,毎年,USA,スペイン,ハンガリー,セルビアなど水球強豪国と言われる国々に単独チームで海外遠征を行い,研鑽を積み,最新の水球情報の収集に努めてきた。これらの情報も積極的に開示して多くの方と共有できればと考えている。筑波大学は次の百年も日本の水球界に貢献できるよう,VisionとMission達成のために頑張ってゆきたいものである。