


記
大会名:第二回関東総合游泳大会
期 日:1907年8月5日
会 場:館山(千葉県)北条海岸
参加校:東京高師付属中学、開成中学、早稲田中学、川越中学、一高、外国語学校、東京高師
以上
資料には「遊戯はとりどりに面白く、勇壮なる西瓜取、(中略)活発なるウォーターポーロなど、演者も観者も興じて時の移るを知らず」 (東京高等師範学校校友会誌,第14号, pp.117-118, 1907 ) のように記述。さらに上記の大会に遡ること数日,「(明治40年)七月二十三日、晴、今日は大会の日なり、委員共は之が準備に忙殺せられぬ、幸にして風なく浪到って穏やかなり、午後二時会は空砲三発以て始められる。その順序を示せば、一.式泳、(中略)六.ウオーターポーロ」 (東京高等師範学校校友会誌,第14号, pp.116, 1907 )の記載もあり,東京高師が水泳部内の競技会でウオーターポーロを行っていたことが判明しました。
一方,東京大学の前身である第一高等学校(一高)も上記の関東総合游泳大会 に先立ってウオーターポーロを行っていた事が次の資料から明らかとなりました。「明治四十年七月十三日水泳場開場、塩谷、谷山両先生の来場あり。(中略)此の月二十八日、我部初めてウォーターポーローの遊戯を行う。」 (水連四十年史.日本水泳連盟:東京,pp.54, 1969)
つまり東京高師も一高も8月5日に行われる関東総合游泳大会に先駆けてウオーターポーロの練習を行い,大会では両チーム間で試合が行われたものと思われます。残念ながら,スコアー等の資料が見つかっていないので,果たしてどちらが勝ったのかは分かりません。しかしいずれにしても百年前に筑波大と東大の前身である東京高師と一高が一戦をまみえていたことが偶然明らかとなったのです。
このような史実を受けて,急遽交流百周年記念の事業を行うことになったのですが,企画として三部構成にいたしました。まずは筑波と東大の現役同士の交流戦。結果は27対9(7-3, 3-1, 6-4, 11-1)で筑波大学が関東学生リーグ1部の意地を見せました。続くOB戦では,イタリア帰りのプロ水球選手,青柳勧選手が参戦し,俄然筑波側のボルテージが上昇。7月の日本選手権では青柳選手の勇士を見ることができなかったので,敵味方関係なく,彼の一挙手一投足にみんな注目。100%の力を出すわけありませんが,それでも青柳選手がボールを持つたびに歓声が上がり,プロのプレーに釘付けといった状態。その他,岩佐弘之選手,舟崎紘史選手など先の日本選手権3位のメンバーも加わり,結果的には21対10(8-2, 6-5, 4-3, 3-0)で筑波大OBが勝利しました。
試合の後は,プールの2階の第二食堂で記念パーティを開催。古きよき時代に大学の名誉を賭けて戦った両校のオールドボーイたちが多数出席し,和やかな雰囲気の中で旧友を暖めました。現役にとっては,水球を通して人脈を広げるよい機会ですので,ビールを酌み交わしながら積極的に話しかけ,懇親を深めるよい機会になった思います。そして最後には,両校の応援歌を肩を組み合って合唱し,エールを交換して,全プログラムを終えました。準備不足の感は否めませんでしたが,それでも参加してくださった両校のOB,現役ともども意義深い会であったとのコメントを頂戴し,企画した側としては,肩の荷が降りたと共にやってよかったなとの思いを深めました。今後とも水球のパイオニアとして筑波大学,東京大学共に頑張って行きたいものです。
参加者一覧(敬称略,順不同)
高橋伍郎,坂田勇夫,笠原一也,吉田章,佐藤数男,高木英樹,安達孝明,岩佐弘之,岡田 将,佐伯弘幸,山名大介,鈴木悠太,舟崎紘史,清水信貴,諏佐亮太,イベット・フォリヌス,現役学生15名,家族多数