
リテラシーとは「読み書きの能力」「教養があること」を指しますが,日本人はファイナンシャル・リテラシーに長けているのか?よく議論になるところです.日本人を十把一絡げにするのは問題でしょうが,平均的な日本人を想定すると,決してファイナンシャル・リテラシーが高いとは思えません.たとえば私の親父(昭和8年生まれ).しがない大工ですが,職人気質で,自分の仕事には誇りを持っています.でも算盤勘定はまったくだめ!よくお袋が「お父さんは本当に商売が下手なんだから,,,」と嘆いていました.
とにかく請け負った仕事は手を抜くことなく一生懸命やるので,資材代と手間賃がかかります.でも精算の段になると,まずは使っている職人さんに給金を渡し,材料費を支払い,最後に残ったお金が手元に入るのですが,案の定雀の涙ほど.材料費で鞘抜きなどできるわけもないので,結局貧乏暇無しという状態でした.だから不幸だったと言うわけではありませんが,「金のことを口にするのは,卑しい人間のすること」とは,親父の口癖でした.親父だけでなく,庶民一般の感覚からすると「金持ちなんてろくなもんじゃねぇ!」というのが通り相場でしょう.
でも所変われば,お金の考え方も大分変わります.たとえば友人の住むイタリア.イタリアではお金持ちはずっと昔からお金持ちですし,将来もずっとお金持ちです(日本に比べて相続税が格段に安いのです).ですからお金持ちの家に生まれたら,いかに資産を減らさないようにするか,ファイナンシャル・リテラシーがとても重要なのです.金持ちだけではありません.イタリアでは一般庶民でも,副業を持つ人が多く,いわゆる「裏金」が表に出ているお金(税務署の把握しているお金)と同じくらいあるといいます.よって「裏金」をどう表に出ないように運用するか,ファイナンシャル・リテラシーは必須科目なのです.お陰で人並みに繁盛しているパン屋なら,自前の別荘を持って,夏のバカンスを楽しむなんてことができるのです.
一方,内戦が続き民族対立の傷が癒えないセルビアの人たちは,そもそも自国の政府も通貨も信用していないので,ちょっとでも余裕があればユーロ建てやドル建ての預金や債権を持つか,金などの希少金属に投資します.友人の弁によれば,「この国では生きてい行くためには,パンの値段以上にユーロの為替レートに敏感でなければならない」と言います.うちの親父のように,「金のことを口にするのは,卑しい人間のすること」などとはとても言ってられないのです.
かく言う私はどうかというと,自分の人生の目標のひとつにfinancial freedom(経済的自立)を掲げていますので,自分なりにはファイナンシャル・リテラシーを高める努力をしているつもりです.その一環として「金持ち父さん,貧乏父さん」でも紹介されている”Cash Flow”というゲームを買って子供たちと一緒に楽しみながらお勉強中.このゲーム,要は”人生ゲーム"のマネー版のようなものですが,これがなかなか奥が深い.ゲームを進める中で,資産管理の徹底と投資の仕方を覚え,キャッシュフロー(不労所得)を増やし,ラットレース(借金に追われる生活)を抜け出して経済的自由を手に入れる術を身をもって体験できる優れものだと思います.そのほかには,我が家のバランスシートを作成し,日々のお金の出入りはMicrosoft Moneyを使って管理しています.「人生は金じゃない」確かにそうです.しかし現実には住宅ローン,私立学校の授業料,あるいは高騰するガソリン代の支払いに汲々としているわけで,悩みの種の多くはお金にまつわることです.ですからファイナンシャル・リテラシーを高め,経済的に自由になったうえで,「人生は金じゃない」と言ってやりたいものです.