第二章:尖ったブーツと黒い染料
十九歳の僕を取り囲んでいたのは、きらびやかなステージライトではなく、湿り気を帯びた暴力と嫉妬の体臭だった。
バンドの世界は、僕が想像していたよりもずっと狭く、そして汚かった。
メンバーは使い捨ての駒のように入れ替わり、ライブハウスの上下関係は絶対だった。気に入らない若造がいれば、バイト先にまで押し寄せてきて、路地裏でボコボコに沈める。そんなことが当たり前に行われる「まともじゃない」日常に、僕の心は少しずつ摩耗していった。
そんな荒んだ僕の帰りを待っていたのは、キョウコだった。
彼女は、まるで一箇所に留まることを知らない風のような女の子だった。ふらりと居なくなり、知らない男の影を連れて帰ってくる。浮気なんて、彼女にとっては呼吸をするのと大差ないことのように見えた。
ある日、彼女が書いた小説を読んだ。そこには、自分の身体を売って作った金で、恋人に先の尖ったブーツを贈る女の話が綴られていた。
僕の足元にある、その鋭利な輝きを放つブーツ。それがどうやって手に入れられたものなのか、僕は問い詰めることもできず、ただその重みだけを感じてステージに立った。
キョウコは、夜の街で働きながらも、驚くほど現実的な努力家でもあった。
甘えるように抱きついてきたかと思えば、真夜中に独り、将来の就職を見据えて勉強に励む。小説家という夢を抱きながら、着実に「地面」に足をつけていこうとする彼女と、バイトすら長続きせず、あやふやな夢の残骸にしがみつく僕。
二十二歳。同級生たちがスーツを纏い、社会という歯車に組み込まれていく足音が聞こえ始めた頃、僕はついに耐えきれなくなった。
「まともにならなきゃ、死ぬ」
そう自分に言い聞かせ、腰まであった長い髪を切り落とした。錆びた金髪を真っ黒な染料で塗り潰し、僕は「まともな社会人」の仮面を被った。
けれど、半年が過ぎ、一年が経つ頃、僕の心は限界を迎えていた。
朝、ネクタイを締めるたびに吐き気がした。満員電車の窓に映る、生気のない黒髪の男が誰なのか分からなかった。
自傷を繰り返す日々。逃げ場のない焦燥感を鎮めるために、僕は自分の腕に烙印を刻むように墨を入れた。
「好きなことをやって生きなさい。そうじゃないと、あなた死ぬわよ」
ドクターに投げかけられたその言葉は、救いであると同時に、僕が「普通」になれなかったことの宣告でもあった。
結局、僕は再び、ヘアスプレーの匂いと不安定なバイト生活に戻った。けれど、僕が戻った場所には、もうキョウコの居場所は残っていなかった。
彼女は、自らの力で就職を決めた。
生活の時間軸は残酷にズレていき、六年間、共にタバコの煙を吸い込んだあの部屋の空気は、耐え難いほどに薄くなっていた。
ある日、僕が帰宅したとき、部屋は不自然に広くなっていた。
キョウコの荷物と、あの甘い香水の匂いが、跡形もなく消えていた。