ビルマからバンコクに戻ってきました。
ミャンマーでは、本当の優しさを感じました。
2週間の予定を延長して、1ヶ月いました。
前回も書きましたが、人の優しさに感動しました。
インターネットができなかったので、
少し遅くなりましたが、書いていきますね。
僕がバンコクに飛び立つ、ミャンマー最後の日。
夕方には国境を越えなければいけないから、
友達になったみんなが、朝から集まってくれた。
いつもホテルまで送り迎えしてくれる、
イケメンのピョーウェイが迎えに来てくれて、
友達の、エーヤワディーの家に行った。
子供達がたくさんいて、門もあったので、
アパートか学校かなと思ったけど、
後で聞いたら、生徒でもお客さんでもなくて、
いとこの子供で、自分の家らしい。家というか豪邸。
朝から、ミャンマーの伝統料理を食べに行った。
辛いものは少しで、どれも食べやすかった。
途中、エーヤワディーの彼氏、ピーターも合流。
シャン族のクリスチャン。若乃花みたい。
オクラやゴーヤなど、日本と同じものもあり、
お茶が美味しかったのが印象的でした。
お金は、割り勘だった。日本みたいで驚いた。
次に、お寺に行ってお参りをした。
その後、ローカルな市場に連れて行ってもらって、
次に、観光客も行く市場に、みんなで行った。
メガネ屋さんに行って、みんなで見てた時、
外人は高い値段を言われるからと、
ほしいの見つかったら言ってと言われた。
そして、ひとつ買いたいのを見つけて、
お金を払おうとしたら、プレゼントと言って、
友達が、お金を払ってくれた。
日本円にしたら、400円くらいやけど、
その友達の給料と値段から、
日本人の価値にしたら4000円くらい。
ちょっと友達になった外人のために、
4000円のプレゼントなんてなかなかできない。
こういうのは金額じゃなくて気持ちやし、
こういう風に書くのもどうかと思ったけど、
わかりやすく伝えたかったので。
これまでも、コーヒーショップに行った時、
ここは自分のホームやからって、払ってくれた。
日本人ということだけで、お金を持っているのは、
みんな知っているけど、払わないでいいと言う。
その後、バイクで有名なお寺に連れて行ってもらった。
凄い楽しかった。自分が映画の中にいるみたいで。
土埃が凄いのと、物凄く暑いから、
ピョーウェイが、長袖を貸してくれた。
そういえば、この町には信号が一つもない。
そんな状況でも事故がないのは、
ミャンマーの人が優しいからなのか。
バイクに乗ってても、そんなには飛ばさない。
途中、ガソリンを入れて、飲み物や果物、
お菓子も買った。僕がお金を払おうとしても、
いらないと言って、みんなが順番に払ってくれる。
30分以上かけて、隣町の有名なお寺に着いた。
そこは物凄く大きくて、綺麗だった。
2年前に地震があったらしく、
お寺の中は、少し破損していた。
本当に大きくて、赤と金で造られた建物が、
とても綺麗で、景色も良くて、気持ち良かった。
みんなで写真を撮って、お菓子や果物、
お茶を飲んだりして、話してたときのこと。
日本語を少し話せる、ミーモが僕に行った。
なんで私たちのことを信じたの?
他の人は誰も信じなかった。
僕は、英語とタイ語で必死に説明した。
今まで、20ヵ国以上の国に行ったけど、
この国が一番親切で、優しい人が多かった。
ちょっとしか話してなくてもわかる。
今まで、大変な思いもしたから。
もしも、僕が信じなかったら、
みんなの優しさに触れられなかった。
ここに来ることもできなかった。
全部信じたから、みんなも心を開いてくれて、
本当に親切に、優しく接してくれた。
信じることによって、優しさに触れられた。
この旅のテーマのひとつ。
それは、人の優しさに触れること。
世界遺産や珍しいものは、
写真やテレビでも見ることができる。
でも、人の優しさは感じることしかできない。
何かを感じて、自分の気持ちを、歌で表現する。
それが、僕の生き方で、それが僕のすべて。
その後、時間も限られていたけど、
首長族がいる村に連れて言ってくれた。
一緒に行った友達のエーヤワディーが、
首長族の一家で、おばあちゃんが住んでいた。
おばあちゃんは、観光客相手に、
手作りのスカーフなどを売っている。
感謝の気持ちもあったので、
ここでお土産を買うことにした。
スカーフやアクセサリー、
みんなに選んでもらって買った。
しかも、観光客よりも安くしてもらえた。
エーヤワディーは、大学の専門が語学で、
英語はもちろん、タイ語もロシア語も話せる。
分かりにくいときは、通訳になってくれる。
そして、観光案内の免許を持っているので、
なんでもわかりやすく説明してくれる。
とにかく親切です。みんな。
ピョーウェイは、いつも付けていて、
一番大切にしているネックレスを外して、
自分のことを忘れないで欲しいと渡された。
嬉しかった。こんなにも大切にしてくれる人がいて。
ホテルの荷物を部屋から出し、受付に預けてから、
最後に、ごはんを食べに行くことになった。
でも、国境を越えて、タイの空港に行くバスが、
タイ人と日本人では、国境での手続きが違うから、
自分で国境を越えて、拾ってもらえと言う。
ドタバタして、結局バックパックを持ったまま、
ごはんを食べに行って、そのまま帰ることにした。
ミャンマーの伝統料理を食べに行ったけど、
お店がやってなかったので、ハンバーガーを食べた。
そこでも、みんながバスのことを心配して、
バスの運転手や、ホテルの受付、色々電話して、
無事に帰れるように助けてくれた。
ちょうど食べ終わった頃かな。
ミーモからビニール袋を渡された。
これがお母さんで、これが妹で、
これがヨシの。ブレスレッドだった。
首長族の村で、僕が家族にいっぱい、
お土産を買ってるのを見ていたんだと思う。
たぶん、ミーモもそこで買ったんだろう。
僕ではない誰かにあげるためだったかもしれない。
それを、初めて遊んだ人にもらってしまった。
しかも、家族の分まで。嬉しかった。
ミーモの家は、町の電気屋さん。
とは言っても、小物しか扱ってない。
お金持ちって訳ではないと思う。
僕は嬉しくて、涙が零れそうになって、
ありがとうと言って、お財布を出すフリをした。
顔を上げたら、涙が零れてしまうから。
割り勘にしようって言われたけど、
最後は出すよと言って、お金を払った。
そういえば、ミャンマーの人は、
ありがとうとごめんが普通に言える。
なんてことないかもしれないけど、
これが普通にできる人って意外と少ない。
大切なことやと思う。気持ちがいい。
そして、最後はタイ側まで見送ってくれて、
何も問題なく空港行きのワゴンに拾ってもらえた。
ミャンマーに行って、本当に嘘偽りのない、
人の優しさに触れることができた。
人の優しさに感動して、鳥肌が立った。
涙が出るのを抑えるので必死だった。
この記事を書いている間も、
エーヤワディーとピョーエイから、
電話とメールが来た。
ごはん食べた?
全部うまくいってる?
こっちは、みんな淋しいよ。
いつ帰ってくるの?って。
待ってくれている人がいる。
悲しくて泣いてくれる人がいる。
一緒に笑ってくれる人がいる。
僕にとって、ここは帰る場所だと思う。
大切にしたい。僕の帰る場所。

ミーモ、ピョーウェイ、僕、エーヤワディー、ピーター。
ミャンマーでは、本当の優しさを感じました。
2週間の予定を延長して、1ヶ月いました。
前回も書きましたが、人の優しさに感動しました。
インターネットができなかったので、
少し遅くなりましたが、書いていきますね。
僕がバンコクに飛び立つ、ミャンマー最後の日。
夕方には国境を越えなければいけないから、
友達になったみんなが、朝から集まってくれた。
いつもホテルまで送り迎えしてくれる、
イケメンのピョーウェイが迎えに来てくれて、
友達の、エーヤワディーの家に行った。
子供達がたくさんいて、門もあったので、
アパートか学校かなと思ったけど、
後で聞いたら、生徒でもお客さんでもなくて、
いとこの子供で、自分の家らしい。家というか豪邸。
朝から、ミャンマーの伝統料理を食べに行った。
辛いものは少しで、どれも食べやすかった。
途中、エーヤワディーの彼氏、ピーターも合流。
シャン族のクリスチャン。若乃花みたい。
オクラやゴーヤなど、日本と同じものもあり、
お茶が美味しかったのが印象的でした。
お金は、割り勘だった。日本みたいで驚いた。
次に、お寺に行ってお参りをした。
その後、ローカルな市場に連れて行ってもらって、
次に、観光客も行く市場に、みんなで行った。
メガネ屋さんに行って、みんなで見てた時、
外人は高い値段を言われるからと、
ほしいの見つかったら言ってと言われた。
そして、ひとつ買いたいのを見つけて、
お金を払おうとしたら、プレゼントと言って、
友達が、お金を払ってくれた。
日本円にしたら、400円くらいやけど、
その友達の給料と値段から、
日本人の価値にしたら4000円くらい。
ちょっと友達になった外人のために、
4000円のプレゼントなんてなかなかできない。
こういうのは金額じゃなくて気持ちやし、
こういう風に書くのもどうかと思ったけど、
わかりやすく伝えたかったので。
これまでも、コーヒーショップに行った時、
ここは自分のホームやからって、払ってくれた。
日本人ということだけで、お金を持っているのは、
みんな知っているけど、払わないでいいと言う。
その後、バイクで有名なお寺に連れて行ってもらった。
凄い楽しかった。自分が映画の中にいるみたいで。
土埃が凄いのと、物凄く暑いから、
ピョーウェイが、長袖を貸してくれた。
そういえば、この町には信号が一つもない。
そんな状況でも事故がないのは、
ミャンマーの人が優しいからなのか。
バイクに乗ってても、そんなには飛ばさない。
途中、ガソリンを入れて、飲み物や果物、
お菓子も買った。僕がお金を払おうとしても、
いらないと言って、みんなが順番に払ってくれる。
30分以上かけて、隣町の有名なお寺に着いた。
そこは物凄く大きくて、綺麗だった。
2年前に地震があったらしく、
お寺の中は、少し破損していた。
本当に大きくて、赤と金で造られた建物が、
とても綺麗で、景色も良くて、気持ち良かった。
みんなで写真を撮って、お菓子や果物、
お茶を飲んだりして、話してたときのこと。
日本語を少し話せる、ミーモが僕に行った。
なんで私たちのことを信じたの?
他の人は誰も信じなかった。
僕は、英語とタイ語で必死に説明した。
今まで、20ヵ国以上の国に行ったけど、
この国が一番親切で、優しい人が多かった。
ちょっとしか話してなくてもわかる。
今まで、大変な思いもしたから。
もしも、僕が信じなかったら、
みんなの優しさに触れられなかった。
ここに来ることもできなかった。
全部信じたから、みんなも心を開いてくれて、
本当に親切に、優しく接してくれた。
信じることによって、優しさに触れられた。
この旅のテーマのひとつ。
それは、人の優しさに触れること。
世界遺産や珍しいものは、
写真やテレビでも見ることができる。
でも、人の優しさは感じることしかできない。
何かを感じて、自分の気持ちを、歌で表現する。
それが、僕の生き方で、それが僕のすべて。
その後、時間も限られていたけど、
首長族がいる村に連れて言ってくれた。
一緒に行った友達のエーヤワディーが、
首長族の一家で、おばあちゃんが住んでいた。
おばあちゃんは、観光客相手に、
手作りのスカーフなどを売っている。
感謝の気持ちもあったので、
ここでお土産を買うことにした。
スカーフやアクセサリー、
みんなに選んでもらって買った。
しかも、観光客よりも安くしてもらえた。
エーヤワディーは、大学の専門が語学で、
英語はもちろん、タイ語もロシア語も話せる。
分かりにくいときは、通訳になってくれる。
そして、観光案内の免許を持っているので、
なんでもわかりやすく説明してくれる。
とにかく親切です。みんな。
ピョーウェイは、いつも付けていて、
一番大切にしているネックレスを外して、
自分のことを忘れないで欲しいと渡された。
嬉しかった。こんなにも大切にしてくれる人がいて。
ホテルの荷物を部屋から出し、受付に預けてから、
最後に、ごはんを食べに行くことになった。
でも、国境を越えて、タイの空港に行くバスが、
タイ人と日本人では、国境での手続きが違うから、
自分で国境を越えて、拾ってもらえと言う。
ドタバタして、結局バックパックを持ったまま、
ごはんを食べに行って、そのまま帰ることにした。
ミャンマーの伝統料理を食べに行ったけど、
お店がやってなかったので、ハンバーガーを食べた。
そこでも、みんながバスのことを心配して、
バスの運転手や、ホテルの受付、色々電話して、
無事に帰れるように助けてくれた。
ちょうど食べ終わった頃かな。
ミーモからビニール袋を渡された。
これがお母さんで、これが妹で、
これがヨシの。ブレスレッドだった。
首長族の村で、僕が家族にいっぱい、
お土産を買ってるのを見ていたんだと思う。
たぶん、ミーモもそこで買ったんだろう。
僕ではない誰かにあげるためだったかもしれない。
それを、初めて遊んだ人にもらってしまった。
しかも、家族の分まで。嬉しかった。
ミーモの家は、町の電気屋さん。
とは言っても、小物しか扱ってない。
お金持ちって訳ではないと思う。
僕は嬉しくて、涙が零れそうになって、
ありがとうと言って、お財布を出すフリをした。
顔を上げたら、涙が零れてしまうから。
割り勘にしようって言われたけど、
最後は出すよと言って、お金を払った。
そういえば、ミャンマーの人は、
ありがとうとごめんが普通に言える。
なんてことないかもしれないけど、
これが普通にできる人って意外と少ない。
大切なことやと思う。気持ちがいい。
そして、最後はタイ側まで見送ってくれて、
何も問題なく空港行きのワゴンに拾ってもらえた。
ミャンマーに行って、本当に嘘偽りのない、
人の優しさに触れることができた。
人の優しさに感動して、鳥肌が立った。
涙が出るのを抑えるので必死だった。
この記事を書いている間も、
エーヤワディーとピョーエイから、
電話とメールが来た。
ごはん食べた?
全部うまくいってる?
こっちは、みんな淋しいよ。
いつ帰ってくるの?って。
待ってくれている人がいる。
悲しくて泣いてくれる人がいる。
一緒に笑ってくれる人がいる。
僕にとって、ここは帰る場所だと思う。
大切にしたい。僕の帰る場所。

ミーモ、ピョーウェイ、僕、エーヤワディー、ピーター。