執筆中の本には、細かいところまで詳しく書くつもりですが、インドでの出来事を簡単に書いていきます。コルカタに着いた、インド初日の16日。予想以上に早い段階で、インド人の友達3人ができてしまった。空港から町までの出来事と、インド人と知り合ったことは、長くなるのでブログでは省略します。日本語が話せるサダムカーン19歳、これがインド人みたいな濃い顔と、繋がってしまってるどうしようもないまゆ毛。その友達で南インドのバンガロール出身ラージャ22歳、細マッチョでクレオパトラみたいな顔。同じく友達でコルカタに住んでいるジャリン32歳、髪の毛が薄くて物凄く感じのいいおっちゃん。全員英語が喋れるから、コミュニケーションは楽だった。しかも、誘われてジャリンの家に泊まることに。お金を払ったゲストハウスを、トイレもシャワーも浴びないまま、2時間くらい荷物を置いただけの、そのままの状態でチェックアウト。交渉したけど、お金は少しも返してくれなかった。そして、友達の家に泊まることに。コルカタで、レザー製品の製造が盛んな、完全にローカルな町。今日の写真は、ジャリンの家に向かう途中で、僕が後ろから撮った写真。ギターを盛ってくれているのがジャリンで、その横を歩くのがラージャ。カーンがテレビもあるしダンスできるとか言うから、インドの金持ちかと思って期待して行ったら、全然そんなんじゃなかった。部屋は6畳も無い。窓も無い。テレビおっきいでしょって、友達のカーンが自慢気に言ったけど、20インチあるかないかで、僕の部屋のデスクトップ画面と同じような感じ。日本人の僕に気を遣って、ミネラルウォーターを買ってきてくれて、ごはんもご馳走してもらった。初めて手で食べた。トイレもインドのトイレ。トイレットペーパーがない。これが、行く前から一番抵抗あったけど、その国の文化に触れるのも、その国を理解する上で大切なこと。それから、寝る時に南京虫がいたのが物凄く気になった。インド人のカーンも、大丈夫とか言いながら気になっていた。次の日、観たかったインドの映画、ボリウッドの新作を早くも鑑賞。カーンとラージャは買い物に。僕はジャリンの案内で、ガンジス河を見てから映画に。映画館は、エアコン有りってことで期待したけど、全然涼しくない暑い。でも、ハーフタイム有り、ダンスと歌有りの、楽しみにしていたインド映画。アクション映画で迫力もあって、俳優さんと女優さんも、カッコよくて綺麗だった。映画音楽が好きな僕は、インドっぽいサウンドの音楽も最高に楽しめた。ジャリンの家では、お母さんとお父さんに良くしてもらったので、最後に一曲歌わせて欲しいと言った。日本語で、オリジナル曲「僕も誰かを悲しませていないだろうか」を歌ったけど、気持ちは伝わった。お父さんが仕事だったのが残念やったけど、歌い終わった最後のアウトロで帰ってきて、そのままワンコーラス追加で歌った。凄いタイミングで帰ってきてくれて嬉しかった。友達のラージャも、声が綺麗だねと言ってくれた。ラージャが、泊めてもらったジャリンのお母さんに、お金を渡していた。なんとなく分かったけど、泊めてもらったお礼だという。200ルピーだった。僕も渡すように友達に言われ、500ルピーをお母さんに手渡した。最後の挨拶をして、お父さんが僕のギターを持ってくれて、僕はそれを追いかけるように急いで歩いて駅に向かった。すると、後で出てきたラージャから500ルピーを渡された。なんでか聞いたら、歌が良かったからいらないと言われて、僕に返すように言われたらしい。歩きながら思わず涙が零れてしまった。それに気付いたのか、ラージャが幸せかと聞いてきた。僕は、凄く幸せとしか言えなかった。ラージャも、本当にいい人だと言っていた。初めて、インド人の優しさに触れた。そんな瞬間だった。そして次の日、僕はインド人の友達3人と一緒に、カーンの家族が住んでいる、小さな村に行くことに決めた。もちろん、ジャリンの家に行くのも、よくわかんない村に行くのも、悩んだ上で決断してます。気を付けなきゃいけないのは、自分が一番良く分かっているので。ジャリンの家に行って家族に逢うまでは、正直色々考えながら半信半疑の状態でした。それから、インドで最大の目的だった、マザーテレサの家でのボランティアについて聞いてみると、インド人のカーンが10年前は本物だったけど、今はビジネスプレイスでフェイクだと言う。インド人が言ってるので、本当なのかもしれない。それに、どうしても行きたかったら、コルカタからバンコクのチケットを持ってるから、帰りに寄って行けばいい。村に行くことの方が、今しかできないような、そんな気がした。なので、あまり迷いはなかった。そして僕は、インド人3人と夜行列車に乗って、小さな村に向かった。続きは、また今度。

