今日は、大好きなカンボジアについて、

少しでも知っていただきたいので、


真面目に書きたいと思います。


ポルポトの大虐殺と言うことを、

みなさんは知っていますでしょうか?


僕は、カンボジアに来るまで、

何も知りませんでした。


そのことについて話したいと思います。


ベトナムの隣に位置しているカンボジアは、

1960年に始まったベトナム戦争に巻き込まれ、


農業国で、インドシナの平和のオアシス、

そう言われたカンボジアも、戦場に変わった。


その時に埋められた地雷や不発弾は、

今でも残っていて、その犠牲になった人を、


町で見ることもよくあります。


1975年の春、ベトナム戦争が終結し、

新国家建設の動きが始まった。


それは、新国家建設の協力者を、

集めることから始まった。


前体制下の将校、医師、教師、技術者、

僧侶などは、名乗り出るように命じられた。


海外に留学している学生にも呼び掛けられた。


カンボジアを理想の国家にするために、

知識、技術力が必要だと言われ、


その言葉を信じ共感した人々が、

続々とポル・ポトの元に集まって来た。


集まって来た人たちは、

プノンペンに帰って国家建設のため、

働いてもらうと言われ、トラックに乗せられた。


しかし、これは全部嘘だった。彼らは、

途中で殺されてしまう運命だった。


それから、ポル・ポトの大虐殺が始まり、

800万人だった、カンボジア国民の、


200万人から300万人、総人口の3分の1、

それだけの命が奪われることになってしまった。


しかも、1975年から1979年の、たった4年間で。


知識を持っているものは異論を唱えるとされ、

眼鏡をかけているだけでも知識人とされ殺された。


音楽や映画などに携る芸術家も殺され、

芸術も全面的に禁止されて、娯楽も奪われた。


貨幣も廃止され、お米がそれに代わるものになった。

カンボジアは、今も紙幣だけで、貨幣はない。


そして、恋愛も禁止された。


政府が決めた相手と結婚させられて、

出産すると言う、言葉にできないような事実。


このようなことが、僕の生まれる5年前、

30年前に起こったことだと考えると、


本当に信じられないくらい怖くなった。


家族の誰かが、その犠牲になった、

ということも少なくないと言われています。


その後も、カンボジアでは内戦があり、

危険な状態であったことを、少し聞きました。


このような事実を知らなかったのと同時に、

カンボジアのことを、もっと知りたいと思いました。


そして、ひとりでも多くの人に、知ってもらいたい。

この事実を伝えなきゃいけないと思いました。


実際、カンボジアに来るまでは、

地雷のイメージと、色黒で裸足の子供、


それくらいしか想像できませんでした。


しかし、実際に来てみると安全で、

人懐っこい感じが魅力のカンボジア人。


色白で、可愛い女の子もいます。

 


日本で、5年近く塾で講師をしていましたが、

社会という教科は、どちらかというと好きではなく、


ただ覚えるだけの教科だと思っていました。

今は、もっと勉強したい気持ちでいっぱいです。


そして、音楽を通して、ひとりでも多くの人に伝え、

カンボジアの発展に、少しでも貢献できたら嬉しいです。


僕の居場所を教えてくれたカンボジアで、

優しく接してくれた人のために、


僕ができること、全力でやりたいと思います。


こちらの記事も参考にさせていただいたので、

興味を持っていただけたら見て下さい。


ポル・ポトの大虐殺~総人口の1/3を殺し尽くした戦後最大級の虐殺~

http://members.jcom.home.ne.jp/invader/works/works_8_d.html