ドーハと言えば、忘れられない、特別な場所である。
1993年W杯予選の対イラク戦。2対1の後半ロスタイム。
同点ゴールを許してしまい、初めてのW杯出場を逃した場所。
そう、ドーハの悲劇が起こった場所。
実は、ドーハに行く前に先にタイトルを思いついて、
ドーハの喜劇っていうタイトルにしようと思っていました。
なので、面白いこと探す気満々で行きました。
ところが、そこはやっぱりドーハだった。。
一日だけのドーハ観光。忘れもしない金曜日。
ビザが確か、5000円か6000円もした。
でも、ドーハの悲劇の競技場に行きたかった。
現金は、ドル立てのトラベラーズチェックと、
タイバーツとノルウェークローンしか持ってなくて、
空港内の両替所で聞いたけど、
外の両替所か市内でしか両替できないとのこと。
まぁ、しょうがないかと思って、
とりあえず空港から出て考えようと思った。
ビザ代をカードで支払って、無事に入国。
とりあえず両替しなきゃいけない。
入国してすぐの空港の両替所で聞いてみる。
空港内の両替所と同じくできないとのこと。
しょうがないので、市内に出て両替することに。
空港の入り口を出たところで、
タクシーに乗らないかと言ってくる。
お金がないから両替しなきゃいけないと言うと、
「今日は金曜日だから銀行は開いてないよ。」
えっ、ちょっと待って、金曜日だから??
どういうこと?金曜日やから大丈夫でしょ??
土日の場合は、両替が難しいけど、
銀行以外の両替所などでなんとでもなった。
今までは…アフリカでも大丈夫だった。
でも、ここはドーハ。これが悲劇か。
また騙そうとしてるんじゃないかとも思いながら、
ビックリして聞いてみると本当に休みだと言う。
カタールは、金土が土日のような休みで、
日曜日から仕事が始まるという。
さっき、ビザ代を払って、もう空港から出てしまった。
どうしようかと思っていたら、
また別の男が、タクシーを誘ってくる。
お金がないから乗れないって言うと、
問題ないと言ってくる。両替所に連れて行くからと。
ポケットに残ってた、5ユーロで行ってくれると言う。
そして、そこで両替できるかわからないけど、
15時から両替できそうなところに連れて行くと言う。
いや、待てよ。今、朝の7時にもなってない。
それに、両替できなかったら帰っても来れない?
普通に考えて、それはないなと思って言ったけど、
問題ないから、一緒に行こうと言ってくる。
問題ない? いや、問題ありまくりだよ。
すると、他の男がやってきて、
タイバーツで個人的に両替してくれると言う。
でも、タイバーツは価値がないからと言って、
めちゃくちゃ不利な両替を提案してくる。
お前は分かってないと言われ、
いや、お前が分かってないと思った。
僕は、もう付き合ってられないと思って、
ドーハの競技場まで、歩いて行ってやろうと思った。
砂漠は、サハラで行ったからいいと思った。
バザールにも行ってみたかったけど、
最悪、ドーハの競技場だけ見れたらいいと思った。
もういいから、歩いて競技場に行くと言うと、
20キロ以上あるから、歩いて行けないと言う。
2、3キロとインターネットに書いてあったので、
僕は、すぐに嘘だということが分かった。
歩ける距離だと知っていたので、
わざと試してみたけど、嘘をつかれた。
他の人に、方角と歩いて行けるか聞いてみると、
ちょっと遠いけど、大丈夫とのことだった。
中東の、灼熱の太陽、人は歩いていない。
なんか、砂が舞い上がって埃っぽい。
でも、結構歩いた頃に、スタジアムが見えてきた。
そして、前から人がやって来たので、
あれが、アルアリスタジアムか聞いてみた。
あれは違うと言う。アルアリスタジアムは、
まだ、2つ先の信号を左に曲がると言う。
2つ目の信号やったら近い気もしたけど、
次の信号も見えない。地平線の向こうだ。
でも、とりあえず行くしかない。
それから、かなり歩いた。2時間、3時間。
時計を見る余裕もなくなってきていた。
途中、いくつかオフィスがあったけど、
確かに金土が休みと書かれていて開いていない。
まさかの、金土が休みの、カタールドーハ。
そして、またスタジアムが見えてくる。
でも、まだ結構遠い感じがする。
そこら辺で工事をしている人に聞いてみる。
「あれは、アルアリスタジアムですか?」
「どのアルアリスタジアムのことを言っているんだ?」
「???」「どのって、アルアリスタジアムに行きたいんです。」
「アルアリスタジアムは、いっぱいあるよ。」
「え、ひとつじゃないの?」
次の瞬間、僕は、その場に座り込んでしまった。
それは、もうヤダと言って、座り込む子供のように。
10キロ以上のバックパックとギターを持って、
めちゃくちゃ歩いて、疲れ切っていたのと、
あまりにもショックで、言葉も出なかった。
僕が行こうとしているスタジアムは、
どのアルアリスタジアムか分からない。
もうダメだと思った。
その工事現場のお兄ちゃんが水をくれて、
少し休んで、どうするか考えた。
距離的にも、一番最初に見たところが、
ドーハの悲劇の競技場かもしれない。
そこを目指して、もしそこが違ったら、
そこで、もう諦めようと思った。
現金も持っていないので、ジュースも飲めない。
ただ、来た道を、ひたすら歩いて戻る。。
そして、またスタジアムが見えてきた。
サハラ砂漠と同じで、見えてからが遠い。
やっとの思いで辿り着いたけど、周りは工事をしていて、
スタジアムは小さくて、市民が使うような感じだ。
インターネットでも、意外と小さいと書かれていたけど、
ここじゃないのかなと心配しながら入ろうとした。
すると、スタジアムは使われていない様子で、
入れなくなっていて、セキュリティーの警備員がいた。
サングラスをかけて、かなり身体のゴツイ人だった。
その人に、聞いてみた。
「1993年に、日本とイラクがW杯予選で戦って、
ロスタイムに同点にされて、W杯に行けなくなった。
その試合があったのは、このスタジアムですか?」
「そうだよ、ここのスタジアムだよ。」
「えっ、知っているんですか?」
「うん、覚えているよ。でも、このスタジアムは、
今は使われていないんだ。」
「この競技場に来るために、一日だけドーハに来て、
両替もできなくて、遠い方の競技場まで、
歩いて行ってしまって。。」
「そんなに歩いたのか?」
「本当にサッカーが大好きで、ここに来たかったんです。
少しだけでいいので、もし可能であれば、
スタジアムの中に入れてもらってもいいですか?」
「いいよ、特別に。入っていいよ。」
そう言って、スタジアムの中に入れてくれた。
しかも、ピッチの上まで行くことができた。
そこは、何か雰囲気が違うと言うか、
そんな不思議な場所だった。
僕は、そこで胸に手を当てて、君が代を歌った。
そんなこと考えてもなかったけど、何かが僕をそうさせた。
自分が、このピッチの上にいるのが信じられないけど、
またひとつ夢が叶った。本当に嬉しくて感動した。
諦めかけたけど、強く願った思いは届いた。
バックスタンドから。
センターサークルから。
キーパーになった気で。
センターサークルで。
カズさんを意識して。




