継続する事の難しさ、その⑤
シリーズ化するつもりもなかったのに 継続をテーマとして
記事が今回で5回目になりました
なんでこうなったか考えると 私にとって1番難しい題材なんでしょう
継続してれば なれたもの
そう考えただけでも 沢山リストの出せるので
私っていったい何者?
と思うぐらいに 色んな事をやってきた
プロフィールの職歴だけでも 見ると それは想像しやすいでしょう
この 私って何? の問いは
結構若い頃から 自分で問いかけてるものだった
ひとつの事を 一生涯やるなんて 私には皆無だった
どれでも ちょこちょこかじって そのものの概要をとらえると
満足して やめちゃうんだな
仕事は ある程度までしっかりやるけど
このある程度というのは 当然会社に自分の能力によって
利益をもたらすとこまで という意味
そのある程度まで やっていると
それまでは 自分の中で勉強とかね 色々な新鮮な部分があったけど
仕事が出来るようになると 利益もそうだけど 下を育てなくてはいけない
それが 一番やっかいな仕事で
まあ 正直な話
私が育てあげれた人間は 一人もいなかった
というか正確に言うと 一人だけいた
スタジオ時代も デザイナー時代も 下を育ててから
私は辞めようと思ってたけど どうも その下が
とっても厄介な体質ばかりで 困ってしまった
ようは 私は専門学校とかに通わずに現場で学んだ
だから学校の知識は無くても 現場の知識はあった
どんな理屈や理論を知っていても
現場での経験ほど勝るものはない
そう思っている私は 自分の知識を後輩に教える
そうすると 後輩は 専門学校では こう教わった
と言い返して なかなかそのものを受け入れようとしない
言葉ばかり知ってる 専門学校の卒業生は
何故か 現場のことより 自分の実態には程遠い
高いとこを目指そうとする
そんな知識や理論をわかっていても
現場の機材トラブルの対応が出来なければ
意味がないって事は なかなか理解してもらえない
お客であるミュージシャンの気分を損ねず
いい音を出させる為に こちら側が何をすればいいのか
瞬時に見抜く能力の方が 何百倍も必要だってこと
そういうのを 私は教えようとするんだけど
全然その気持ちは 通じなかった デザイナーの頃もそう
オリジナルデザインを 生み出すコツってのがあって
そのやり方だって 私は教えてやろうと思ったのに
その子は 人の提供したデザイン画を チョッと直して
自分のデザイン画として 出してるのを見た時に
こいつに教える価値は無いな・・・・と思って
そのまま デザイナーも辞めたんだ
私の場合 個人で動く根性は薄いんだけど
仕事とか やらなきゃいけない状況をにあると
嫌でも継続しないといけないんで 継続出来て
ある程度まではいく
でも そんな後輩を育てる環境にいながら
頭の悪い上司ばっかだったんで 中堅どころが自分に合わず
次にやりたいことへの欲求の方が勝ってしまって
転職・・・・・となるんだね
せっかく収入も安定して 社会的地位が出来上がっても
私には やりたいことの方が 価値があったわけで
継続するために そこの現場に入って 勉強するんですよ
今の事務仕事も だいぶ出来るようになって
後は 資格を取るだけなんだけど
最近 人の年金を手続きを 手伝って思った
なーーんだあ 資格が無くても 私はもう 現場では仕事出来る
状況になったんだな・・・・って
その人の為に手伝ったのに
それは ある意味 私にとって 自信に変わった
仕事にするには 何年かかるかわかんないな・・・と思ったけど
お手伝いでやる分には もう出来るんだって気がついた
これも勉強と思って これからドンドン動こうと思う
ちなみに 私が育てれた たったひとりの後輩は 中国の人
彼女の選択は 専門学校に行くか 現場で学ぶか
彼女が 私の元に来て 学ばせてくれと言ってくれた時
心底嬉しかったもんだった
人を育て その人が 現役で仕事してるのは
嬉しいものですよ(^-^)/
写真はカラオケ行った時の写真
最近昼休み カラオケに通ってます
孤独に一人で(笑