日暮通りは全長約1km
北は中立売通り~南は竹屋町まで
開通時期は(1595)の聚楽第の破却以降の事。
聚楽第は豊臣秀吉によって(1587)に築城されたもので、その華麗さは宣教師らによって、驚嘆の目を持って見られた。
政情のあわただしい幕末期になると、この通りも変化、一条から中立売が消滅し、幕府の御用地となった。
中立売り通り下がるの地は鍋島藩、二本松藩、飯田藩屋敷などが、現れている。又、下立売通辺りにも大和郡山藩屋敷が生まれた。
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