紋屋図子 全長約200m
大宮通り五辻、一筋上り西へ、智恵光院通りまで
聖天図子と呼ばれる、袋小路だったのを、織野司 井関七右や衛門宗麟
が突当りの家を買い取り、大宮まで通した。
(図子は宗麟の屋号「紋屋」の名を取って「紋屋図子」と称された。)
宗麟は以前は平織りしかできなかった織物りものの機を改造し、初めて紋織を考案した。
紋屋図子 全長約200m
大宮通り五辻、一筋上り西へ、智恵光院通りまで
聖天図子と呼ばれる、袋小路だったのを、織野司 井関七右や衛門宗麟
が突当りの家を買い取り、大宮まで通した。
(図子は宗麟の屋号「紋屋」の名を取って「紋屋図子」と称された。)
宗麟は以前は平織りしかできなかった織物りものの機を改造し、初めて紋織を考案した。