「幕末紀 宇和島銃士伝」柴田哲孝 読了 | pyonpyon ブログ

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「幕末紀・宇和島銃士伝」柴田哲孝
角川春樹事務所 

 2021年9月末に読了していた本です 
とても気に入っていたので感想メモを書いたのですが紛失していて、昨日見つかったのでやっと投稿できました🤗 

 解説を少しお借りします 
 「宇和島藩伊達家の墓所の中にある」柴田家の墓。
重臣といえるほどの名家ではない柴田家が、なぜそのような所に祀られているのか。
その謎を解く鍵となる人物が、著者の四世代前の祖先、高祖父に当たる〝柴田快太郎〟!


 著者曰く「この物語は創作である」が、登場人物は全て実在の人物 
挿話、歴史的な事実、資料、柴田家に残る過去帳、家系図、伝承、そして快太郎の日誌や書簡に基づいているがあくまでも創作 

 柴田家について少し説明しておきます 
仙台を発祥する伊達一門、政宗の側室の子・秀宗が伊予国宇和島に入部した際(初代伊達宇和島十万石の藩主)伊達五十七騎家臣団の一騎として帯同した家臣の家柄 

 柴田家は史実、風説を問わず様々な伝承が代々に渡り残っている 
 伝承として伝えられている事ではありますが 
親族の柴田作衛門が坂本龍馬の次姉・栄と結婚し、8代藩主宗城(むねなり)の密偵となり坂本龍馬脱藩を助勢 
他にも祖先が宇和島の海賊の娘との結婚で藩が水軍を組織する基盤になったなど、謂れの多い一族 

 主人公は快太郎(1837年〜1869年?)
藩内きっての狙撃の名手 
銃と剣の腕を買われ9代藩主・宗徳の小姓に任じられたこともあったが、龍馬を追うように脱藩し、その後諸国を流浪する 
 戊辰戦争(1868年〜1869年)の折には旧幕府勢力に義勇兵として加担し戦死と伝えられているが 
なぜか彫りの深い外国人のような顔立ちの晩年の写真が存在する! 

 柴田家には、著者の高祖父快太郎は8代藩主伊達宗城の密命を受け脱藩したという伝説がある

しかし、 脱藩は重罪であるにもかかわらず
柴田家の墓は伊達家の墓所の中に祀られている
奇妙である 
 そこで著者は、脱藩は表向きで実は8代宗城の密偵として激動する幕末の情勢を探り宇和島藩に報告する任務があったのではないか? 

 この作品の中の快太郎は、爽やかで男気があり魅力的な青年 
もう1人の坂本龍馬のような印象 

 柴田哲孝は、文章が上手く小説としても面白い

 快太郎が流浪と称しての情勢を探る旅の中で遭遇する、桜田門外の変の臨場感や唐人お吉との関係、長州の志士との交流や外から見た新選組の動きや池田屋事件の顛末、長州藩に見捨てられた吉田松陰の死に涙する快太郎など読んでいて惹きつけられる 

 刺客田中新兵衛の捕縛、一言も供述することなく自ら割腹し頸動脈を突き果てたという報に接し快太郎が日記に綴った 
「天誅は斬るも斬られるも哀れなり 」 
青年快太郎の強さと優しさの中にある激動するこの時代に生きる武士の冷徹さを感じる 

 著者の高祖父柴田快太郎は1869年に戊辰戦争で亡くなったという説もあるが、伝説(後年の写真)が真実であって欲しいと願うような好男子です 

 追記を読むと、未整理のままの書簡や自筆の日記等か多く残っているようなので、快太郎の話を書くつもりなのかな〜 
 楽しみです