
直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した「木挽町のあだ討ち」受賞第一作です
主人公は栗杖亭鬼卵(りつじょうていきらん)
浮世絵師、戯作者
本名は伊奈文吾といい、河内国佐太生まれ、陣屋の手代
名字はあるが武士ではなく、武家奉公人
陣屋の手代は、領内で文武に優れた者や名士の役目である
俳諧と絵画を学び、狂歌師栗柯亭木端(りつかていぼくたん)の弟子となる
話は、60を過ぎた松平定信が白河藩主の座を嫡子の定永に譲り、政から引退し「風月翁」と名乗り旅に出る
東海道の宿で出会った煙草屋の主が栗杖亭鬼卵
自由人であり続けた鬼卵の昔語りで物語は進んでいる
陣屋の手代時代に出会う、藩主の横暴の犠牲となった一家の話と行く末←これだけで1冊出来そう
鬼卵のスポンサー的な存在の、造り酒屋、仕舞多屋の主、木村蒹葭堂(けんかどう)盈果亭栗杖(えいかていりつじょう)
蒹葭堂との関わりは深く、少し挟まれるエピソードが面白い
正妻に子が出来ず、妾を持ちそちらの子が出来るが、つまらぬ悋気などしない妻と立場をよくわきまえている妾は協力しあい子を育てる
妻と妾も同居して問題も起こらず暮らしている
蒹葭堂は外国の品物も扱う店なので、外国人の来客も多い
その外国人が良く喋る妻と無口な妾に「シャベッテル、ダマッテル」と言うあだ名を付けている(笑)
また、そのあだ名を蒹葭堂の主もたまに使うことがある(笑)
鬼卵はなかなか身を固めず、母の気をもませる
いい縁組の話を母が進め、武家の家へ婿養子に入る事になるが、嫁には想い人がおり、逃げられてしまう
そのまま武家の大須賀を名乗り、武士となる
その後、良縁に恵まれ、三河吉田での二人の幸せな時間の夫婦の描写はほのぼのとする
「速くちてちる約束のさくらかな」夜燕
夜燕は魅力的で可愛い
京に住む「雨月物語」作者の上田秋成と鬼卵との関係がいい
秋成が酔いつぶれると鬼卵が背負って自宅まで連れ帰るのが常で、二人の会話にも秋成が鬼卵の事がお気に入りなのがよく分かる
鬼卵が関西から旅立つ時に、鬼卵が居なくなると背負うて帰ってくれる人が居ない、と嘆いたり…
上田秋成、この名前…何かで読んだことあるぞ
西條奈加の「雨上がりに月霞む夜」でした😊

上田秋成が若い時の話で最後はちょっとせつないけど好きな作品です
「鬼卵」の名の意味
筆からは鬼も蛇もでる、その卵を握るように優しく握って生きていく
鬼卵が書く物語の中では
「生まれた地にも親兄弟にも縛られず自らが仕えたい者に仕え志のままに生きる」とある
陣屋の手代時代に関わった藩の犠牲となった家族の事が心に深く残っていたのだろうか
物語の中ではもっと自由になっていい
書いていると、そんな思いが沸き起こる
その境地に達したと感じた時に
「やっと卵が孵ったかもしれません」と言う鬼卵
昔、鬼卵が師匠に「私の卵は孵らないのかもしれません」と弱気な事を言っていた事を受けての締めくくりの言葉か
256頁とそんなに頁数も多くない作品ですが内容が濃い
場面転換が上手く、時代の行き来(過去と現在)が少いので読みやすい
鬼卵のキャラクターもまわりの登場人物のキャラクターも良い
人物の背景となるエピソードの纏め方が短く簡潔であり、その文章だけで人物の背景がよく分かる(夜燕の生い立ち)
「木挽町のあだ討ち」も面白い作品でしたが、「きらん風月」は、ぐんと腕を上げた印象の作品でした