雀ちょっちょ 村木嵐

「雀ちょっちょ」村木嵐 文芸春秋
大河ドラマ「べらぼう 蔦重栄華乃夢噺」にも登場人し桐谷健太さんが演じた大田南畝(四方赤良)こと大田直次郎
文化人が活躍た田沼時代に平賀源内や蔦屋重三郎とも交流し狂歌師として人気を博すが、田沼政治の終焉と白河侯(松平定信)への政策転換の中で筆を折った
「べらぼう」では蔦重の生涯を描いていたので大田直次郎が何故早々に筆を折ったのか、その理由は自身の生活のために蔦重達を見捨てたかのように映っていたが、実はその背景にはその才能を捨ててでも家族を思う直次郎の葛藤があった
直次郎が筆を折った本当の理由が描かれている
大田家は代々御徒組御家人として江戸城内に詰めただ座っているだけの御役を務め交代で不寝番もある
冒頭から大田家の血筋が持つ魔についての描写が出てくる
父の兄は風狂の気があり、年に幾度かは箍が外れ騒ぎとなる
御徒組は世襲ではないため不首尾があれば蔵米取りの七十俵五人扶持の生活は奪われてしまう
気の病を抱えて務まる御役ではないため、祖父は長男を廃嫡し次男の直次郎の父を跡継ぎとした
伯父も父も直次郎も人よりずっと聡い、その冴えは狂気と紙一重
父は常に嫡男に狂気の萌芽はないか、今日はつつがなく過ごせても明日は大丈夫なのか、とその兆しを見逃さぬよう気配りしていた
幸い直次郎にはその兆候は無いが、芽吹く頃になると血がワサワサとする風狂の種の様なものがあることを自覚している
後に、源内との会話の中で互いに相通ずる「それ」について語っている
「べらぼう」で又吉直樹が演じた宿屋飯盛こと石川雅望(糠谷七兵衛)が直次郎の弟子のような関係でよく登場する
べらぼうでは、その関係性が今ひとつ分かりにくかったが、これを読むと又吉の優しい雰囲気は正に宿屋飯盛そのものといった印象
直次郎の息子の定吉は幼い頃から父の元によく顔を出す宿屋飯盛に懐いており「坊っちゃん」「宿屋どん」と呼び合うその関係は成長しても続く
蔦重の出版した洒落本が風俗を乱すとして絶版になり耕書堂は身代半減の過料、作者の山東京伝も手鎖の仕置きとなる
この半年後に雅望の宿屋も闕所となり江戸所払いとなった雅望が挨拶に大田家に出向いた際の定吉と雅望の別れの場面は涙を誘う
話が前後するが、恋川春町が亡くなる経緯についても分かりやすく描かれている
まずは、朋誠堂喜三二が「文武二道万石通」を出版し、それに呼応したかたちで「鸚鵡返文武二道」を恋川春町が出版
どちらも白河侯の政を批判したもの
喜三二の秋田藩は二十万石、藩は早々に喜三二を国元に連れ帰った
恋川春町は一万石の藩、白河侯からの呼び出しをのらりくらりとかわしていたが、藩主が作者ではないか?という風評が流された
このままにして下手をすれば藩の取り潰しになるやもしれず
恋川を救う手立てとして町人にする画策をしていた蔦重に数日間待ってくれと言った恋川
何を待っていたのか?
それが直次郎の気付きによって明かされる
恋川春町は、思い残すことなく旅立ったのだと思わせる流れ
他にも、直次郎が吉原から遊女を身請けして庭の隅に離れを作り、そこに住まわせる
直次郎を仕合わせにしたいと望む薄幸な女、阿賤(おせん)
阿賤がいた部屋を訪れた蔦重が直次郎にかける言葉がかっこいい
蔦重はかっこいい男の極みだったようで、見た目も涼やかな顔立ちで切れ長の目と目が合うと男でもドキッとしてしまう
蔦重が相好を崩し袖が動くたびに鼻がすっと通る爽やかな香りがする、のだそうだ(笑)
大河ドラマ「べらぼう」では描ききれなかった大田直次郎の生涯
とても面白く、心温まる家族愛の話でした