今日は、川中子~多功方面を散策してみたよ♪
何も無さそうだが、調べていくと歴史的にとても興味深いところであることが解った。
《川中子の一本杉》
田川に平行する農道沿い脇の田んぼの真ん中に立つ一本の杉の木。結構、気になるがその存在が不明。
《見性寺》
《多功城主の累代の墓》
初代より十四代綱賀まで慶長2年領地を没収されるまでの城主の墓があります。
《多功城》
多功城は、宝治二年宇都宮城の南方の固めとして多功の地が選ばれ、宇都宮第五代城主頼綱の四男多功石見守宗朝によって築城され、慶長二年豊臣秀吉により領地を没収されるまで349年間続きます。
多功城の城跡があるあたり。別のアングルで見るとこの辺りは小高い丘のような地形になっている。
ゴルフ習場の北側には土塁と空堀が残されていた。夏場だと分からないかも!
《宇都宮貨物ターミナル駅》
よく考えたら、上三川にも駅があった!
昭和46年12月1日、宇都宮貨物ターミナル駅が輸送業務を開始。当時、日本一の貨物ターミナル駅として計画され、37万㎡の敷地を誇る。
今回、ここまで!
何も無さそうだが、調べていくと歴史的にとても興味深いところであることが解った。
《川中子の一本杉》
田川に平行する農道沿い脇の田んぼの真ん中に立つ一本の杉の木。結構、気になるがその存在が不明。
《見性寺》
《多功城主の累代の墓》
初代より十四代綱賀まで慶長2年領地を没収されるまでの城主の墓があります。
《多功城》
多功城は、宝治二年宇都宮城の南方の固めとして多功の地が選ばれ、宇都宮第五代城主頼綱の四男多功石見守宗朝によって築城され、慶長二年豊臣秀吉により領地を没収されるまで349年間続きます。
多功城の城跡があるあたり。別のアングルで見るとこの辺りは小高い丘のような地形になっている。
ゴルフ習場の北側には土塁と空堀が残されていた。夏場だと分からないかも!
《宇都宮貨物ターミナル駅》
よく考えたら、上三川にも駅があった!
昭和46年12月1日、宇都宮貨物ターミナル駅が輸送業務を開始。当時、日本一の貨物ターミナル駅として計画され、37万㎡の敷地を誇る。
今回、ここまで!








