(20)
筏につくと、ぼくたちは、屋根付きの作業場で一休みした。
そして、筏の隅に横付けされている廃船に乗り移り、
舳先や操舵室の屋根から、さか飛び込みをしたり、
日にさらされて、白くけば立った甲板に寝そべり、
冷えた体を温めたりした。
身体から滴る海水は、
焼けるように熱くなった木の板に急速にしみ込んでいき、
また急激に蒸発していった。
重油の匂いとまじり、古くなった木材の、
森の中の湿ったような匂いが、鼻を撲った。
ぼくたちは、仰向けになって、
ツユクサの花のように真っ青な空を見つめていた。
舷側を、ぴちゃぴちゃとたたく波音。
岸辺の林からかすかに聞こえてくる蝉しぐれ。
それらすべての、ひっそりした物音を、
一つに集約するかのように、
じーんという耳鳴りに似た音が、
主調低音のように胸の奥底まで浸透していることに気づくのだった。
しんと静まり返った真夏の午後。
不気味な静けさが、辺りを支配した。
それは、深夜の静寂にも似て、
棺を覆うように、ぼくたちを包み込んだ。
いつだったかぼくは、
青い空がところどころ、まばらに透けて見える桜の花群れに、
吸い込まれるようにして見上げていたことがあった。
そこには、単なる花の群がりというよりも、
それ以上に、何か異様なものが感知されるのであった。
つまり、目に見えるものだけではない、
ほとんど闇の力といってもいいようなものに支配された
生命の躍動感が、内部から奔騰しているといった具合。
こういったことは、海岸に自生していた
オシロイバナの群落にも感じたことがある。
それは、目の覚めるように鮮やかな紅色のオシロイバナが、
入日を浴びながら、土手の斜面に咲き誇っていた時である。
おびただしい花弁が、辺り一面に、
むんむんとした匂いを発散させながら、
周囲の空気を異常に緊張したものに高めていた。
その様子は、ちょうどいっぱいに膨らんで、
今にも張り裂けそうな風船にも似て、危なっかしく、
その最高度に全開した状態は、
逆説的にも、凋落の予兆を感じさせるものだった。
回転する独楽が、最高のスピードに乗ったとき、
独楽は、あたかも静止したように見える。
同様に、生命の全開状態は、
死に最も近接した状態ではなかろうか。
真っ青に広がる精悍な夏空の下、
じりじりと身を焦がす太陽の直射を受けながら、
ぼくは、熱狂の後に続く物悲しいまでの
虚脱をおぼろげに予感していた。
「夏の豪華な真っ盛りの間には、我らはより深く死に動かされる」
ボードレールの詩句が浮かんだ。