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店の中でも話はできると思ったが、

遠慮しないことにした。

遠慮して断るより、素直にありがとうと言って、

受けとめる方が、親切に応える親切な応え方ではないか。

と、彼は思った。

 

食堂に通された。結構広い家。

ここでいつも和恵が食事しているのかと思うと、夢のよう。

初めての家に、こうして二度も訪れた。

予期しなかったことが、次々、

魔法のようにめまぐるしく展開していく。

これもみな、こちらの出方次第か。

 

出方によって世界が、

思いがけない相貌を繰り広げる。

たとえ選ばれたる人でなくても、

恍惚と不安の二つが目の前にある。

 

「うどん、食べますか」

訊かれ、二つ返事で答えた。

 

イリコと昆布のだし汁に、

とろろ昆布、葱、かまぼこ、そしてエビフライが乗っていた。

 

「天ぷら作るの、ぼく、得意なんです」

突然、何を言い始めたか、と思ったが、

愛想よく振舞おうと、さらに続けた。

 

「おいしい天ぷらを作るコツは、天粉と油の温度なんですね」

「そうそう。そのエビの天ぷら、どう? おいしい?」

「ええ、一匹だけを揚げたのも好きですが、

小エビを寄せあげにした天ぷらもおいしいです。

玉ねぎとか他の野菜なんか入ってないエビだけの天ぷらです」

温かい汁物に、顔を火照らせながら言った。

 

「揚げている時、いい匂いがするんです。

小さい頃、小エビの天ぷらを揚げてる家があって、

夕方、その家のそばを通って帰るんですが、

あっ、今晩は、エビの天ぷらか、って分かるんです。

 

独特な匂いですから。その匂いを嗅ぎながら、

いいなあって思い、帰ったもんですが、

揚げ物って、なぜか、幸せな気持ちになれるんですよね」

 

「そう言われれば、そうね。

あなた、おもしろいこと言うわね。

その小エビの天ぷら、今度作ってみましょう。

その時、連絡しますよ。和恵ちゃんも一緒に」

 

「ありがとうございます」

耕一は、うどんの汁を全部飲みほし、

最後に残ったエビの天ぷらを、しっぽの先までかじった。

 

「ところで、訊きたいことがあるって、言ってたわね」

「ええ、和恵さんの、お相手のことなんです」

「相手?」

「ええ、お見合い相手のことです。院長の息子さんなんですか」

 

「院長さんは、まだ結婚されてないんです。

その院長さんと見合いするって、

義男さんから、聞いているだけで、

ほんとかどうかわかりませんよ。

 

その話を初めて聞いた時、私は反対したのよ。

年が違いすぎるって。

和恵はまだ若いし、四十を越えた人とはね。

 

そりゃあ、一人前の医者になるには年数がかかるでしょうよ。

人さまの命を預かる大事なお仕事ですから。

亡くなったお父さんも、いろいろあったんでしょ。

四十過ぎての、初めての子どもで。一人息子でしたから。

 

大事にされて育ったらしいですよ。

それだからというんじゃないけど、私は、賛成したくないのよ。

義男さんは、苦労した分、人間には味があるもんだって、言ってるけど」

 

「本人はどうなんです? 和恵さんは」