(19)
店の中でも話はできると思ったが、
遠慮しないことにした。
遠慮して断るより、素直にありがとうと言って、
受けとめる方が、親切に応える親切な応え方ではないか。
と、彼は思った。
食堂に通された。結構広い家。
ここでいつも和恵が食事しているのかと思うと、夢のよう。
初めての家に、こうして二度も訪れた。
予期しなかったことが、次々、
魔法のようにめまぐるしく展開していく。
これもみな、こちらの出方次第か。
出方によって世界が、
思いがけない相貌を繰り広げる。
たとえ選ばれたる人でなくても、
恍惚と不安の二つが目の前にある。
「うどん、食べますか」
訊かれ、二つ返事で答えた。
イリコと昆布のだし汁に、
とろろ昆布、葱、かまぼこ、そしてエビフライが乗っていた。
「天ぷら作るの、ぼく、得意なんです」
突然、何を言い始めたか、と思ったが、
愛想よく振舞おうと、さらに続けた。
「おいしい天ぷらを作るコツは、天粉と油の温度なんですね」
「そうそう。そのエビの天ぷら、どう? おいしい?」
「ええ、一匹だけを揚げたのも好きですが、
小エビを寄せあげにした天ぷらもおいしいです。
玉ねぎとか他の野菜なんか入ってないエビだけの天ぷらです」
温かい汁物に、顔を火照らせながら言った。
「揚げている時、いい匂いがするんです。
小さい頃、小エビの天ぷらを揚げてる家があって、
夕方、その家のそばを通って帰るんですが、
あっ、今晩は、エビの天ぷらか、って分かるんです。
独特な匂いですから。その匂いを嗅ぎながら、
いいなあって思い、帰ったもんですが、
揚げ物って、なぜか、幸せな気持ちになれるんですよね」
「そう言われれば、そうね。
あなた、おもしろいこと言うわね。
その小エビの天ぷら、今度作ってみましょう。
その時、連絡しますよ。和恵ちゃんも一緒に」
「ありがとうございます」
耕一は、うどんの汁を全部飲みほし、
最後に残ったエビの天ぷらを、しっぽの先までかじった。
「ところで、訊きたいことがあるって、言ってたわね」
「ええ、和恵さんの、お相手のことなんです」
「相手?」
「ええ、お見合い相手のことです。院長の息子さんなんですか」
「院長さんは、まだ結婚されてないんです。
その院長さんと見合いするって、
義男さんから、聞いているだけで、
ほんとかどうかわかりませんよ。
その話を初めて聞いた時、私は反対したのよ。
年が違いすぎるって。
和恵はまだ若いし、四十を越えた人とはね。
そりゃあ、一人前の医者になるには年数がかかるでしょうよ。
人さまの命を預かる大事なお仕事ですから。
亡くなったお父さんも、いろいろあったんでしょ。
四十過ぎての、初めての子どもで。一人息子でしたから。
大事にされて育ったらしいですよ。
それだからというんじゃないけど、私は、賛成したくないのよ。
義男さんは、苦労した分、人間には味があるもんだって、言ってるけど」
「本人はどうなんです? 和恵さんは」