(5)
「浦野くん、大学、どうするの」
何を思ったのか、急に話が逸れた。
「大学には行かない」
「えっ、受験のために勉強していたんじゃなかった。
どうして?」
真顔で見つめ返す。
「これ、やろうと思っている」
閉じたケースを軽くたたいた。
「ミュージシャン?」
「まあ、そんなところ」
「でも、難しいんでしょ。それで生活していくの。
じゃ、大学に行かずに、音楽専門の学校へ?」
「いや、これから自分で好きなように続けていこうと思っている」
「でも、将来、そっちの仕事、するつもりでしょ」
「できれば」
「できれば、じゃなくて、続けていけば、
そうなるんじゃないの。でも、もったいない」
「何が」
「浦野くん、私より勉強できたのに。
どうして。優等生が、大学行かないなんて、変よ」
「別に優等生でもないけど」
「でも、いい成績だったんだから」
「それで特別な価値があるわけでもない」
「あるわよ。いい成績、取ろうと思ったって、
ふつう取れないもん。スポーツでも何でも、
一番になりたいって、誰でも思うじゃない。
優勝とか一番に、特別な価値があるから、
命をかけてやるし、
毎日、必死で練習しているんじゃないの」
和恵がこんな率直な話し方をするとは意外だった。
高校時代はそうでなかった。
いや、話し合ったこともなかったから、
知らなかっただけではないか。
もちろん、久しぶりに出会ったということもある。
今をよく見てもらいたいために、
背伸びしている分もあるかもしれない。
けれど、こんなにざっくばらんではなかった。
とは言っても、幻滅したわけではない。
むしろ、これまで感じなかった親しみさえ持てて、
近づきやすくなった。
「成績の順番を気にするような勉強は、もういいんだ。
ついでに、学校の順番とかもね。
とにかくいろんな序列を気にするような勉強は、もういいんだ。
これからは、ほんとの勉強をしたい」
「ほんとの勉強?」
「人それぞれ、いろんな道があると思う。
その道に即した勉強をね」
「夢があるんでしょ」
「うん」