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二人は、島の西北端の岬を回って、

寧子の家を目指した。

 

島の西側に広がる海に面した丘陵地の段々畑に、

ビニールハウスがいくつも並び、

その見晴らしのいい高台の一角に、

新築の二階建てがある。

そこが寧子夫婦の住む家だと言う。

 

丘の中腹に延びる県道を南下しながら、

途中、海辺に続く脇道を下りて行き、

広い庭のある家の前に着いた。

 

車を降りると、

下の段にいくつも並んでいるビニールハウスの中から

楽器を奏する音が聞こえてきた。

 

「もうやってる」

璃美がさりげなく言い、そちらへ足を向ける。

 

「あれは、サックス?」

「うん」

璃美は、何でもないようにうなずく。

 

近づくにつれ、

ベースの、胸奥で鳴る鼓動にも似た低い音が、

リズムを刻んでいた。

音はだんだん大きくなり、

三つ目の、天井の空いているビニールハウスの中から聞こえてきた。

 

開いたドアの入り口をくぐり、璃美が先に入って行く。

場慣れした感じ。

何回も来ているのか。健治も後について行く。

 

サックスとベースのどちらもが、

海側の方を向いて演奏に余念がない。

健治は、昨日の二人だと直感した。

 

曲が終わると、璃美が手をたたき、健治も同じように拍手した。

気づいた二人が、後ろを振り向く。

「あっ、リミちゃん」と言って、ウッドベースを横に置く。

「また来ました」笑顔を向ける。

「寧子と会った?」

「ううん、寄らないで、先にこっちに来たの」

「洋さん、あと頼む。ちょっと、知らせに行ってくる」

敏夫は出て行こうとした。

 

「いや、いいのよ。これからそっちに行くつもりなんだから」

「家にいないと思うんだ。まだ花の苗の仕事をしている」

と言って、家とは反対方向の、

ビニールハウスが並ぶ下側に降りて行った。

 

「邪魔じゃなかった?」

璃美は、サックスを提げている洋輔の方を向いて言った。

「いや、もう練習は終わり」

さりげなく言い、洋輔は、楽器のケースを開ける。

 

「さてと・・・・」

手持ちぶさたげに璃美は、少し苦笑いし、健治の方を向いた。

「昨日、車で来られた、ですよね」

健治は、思い切って、洋輔の方を向いてしゃべった。

「えっ、ああ・・・・そうです」

振り向いた洋輔は、首にかけたストラップから楽器を外し、

ケースの中へしまい込む。

 

「昨日、トッシャンの車で、寧子さんを迎えに行ったんですよ。

ちょうど、そこに立っている人を見つけてね。

一緒に帰ろうということになって」

こっちの方を見ずに言った。

璃美が、苦笑いする。

 

「車の中で、聞きました。同級生だそうですね」

洋輔は、立ち上がり、笑いかけた。

「紹介した方がいいわね」

璃美が、独り言のようにつぶやく。

「こちらは、今さっき出て行かれた橋田さんの友人の・・・・」

「新藤洋輔です。よろしく」

「こちらは・・・・」

「八重田さんと橋田さんの同級生の、岡原健治です。

よろしくお願いします」

礼をすると、二人とも笑い、

洋輔が手を差し出し、健治も遠慮がちに握手した。