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一時間目の授業が終わり、休憩時間も少し経った頃、

トイレに行くまでもなく、ぶらっと、そこらを気分転換に歩いて

戻って来ようと思って教室を出ました。

戸を開け、左に曲がり、階段を三、四段降りた時、

ふと何気なく右下を見ると、あの子が上ってくる。

いつもの女友だちと一緒に。

しかしその日は、髪型が違っていた。

左右に後ろで分けた髪を、おさげの二つ結びと言うのか、

紺色のビロードのリボンで結んだ格好は、

幼げに見え、可憐で、急に変わっているのでびっくりしました。

同じクラスにいるのに、初めてその時、気づいたのです。

 

髪型を変えたのは、それなりのわけがあってのことでしょう。

流行りの髪型? それとも、心境の変化? 

修学旅行も終わって、これから高校生活の後半に入る。

心を入れ替えてやるつもり? 

他にもいろんな思いが交錯しました。

 

目がすぐ、他の女子ではなく、彼女に行ったということは、

やはりぼくは、前々から彼女のことを意識していたのでしょう。おそらく。

ぼくは、彼女の、その姿に、

これまでにない親近感を抱き、「冒険」の扉を感じたのです。

 

そういえば、修学旅行の時、

東京の上野公園で、こちらから頼んで、初めて、

彼女と一緒の写真を撮ってもらいました。

ツーショットではなく、グループ写真です。

こちらの男子グループ五人と向こうの女子グループ四人との集合写真。

彼女がいればそれでよかった。

クラス全体の記念写真があるではないかと思われるかもしれません。

が、これは、れっきとしたプライベートな写真。

それだけに価値があり、撮れたときはうれしかった。

 

後でその写真を見ると、

恥ずかしいことに、ぼく一人だけ、正面を向いていない。

真ん中で女友達と一緒に笑っている彼女の方を、

左後ろの端からペコちゃん人形よろしく、

視線を逸らして見ているのです。

変に意識して見ていたか、

それとも、図らずもその姿が写ったか。

とにかく哀しいまでに恥ずかしい。

あの時の心理状態が、今でも手に取るようで、

はしゃいで笑っている二人の声まで聞こえてきそう。

あの時からすでに「冒険」が始まっていたのでしょうか。

 

彼女はクラスのマドンナ。

いや、ぼくだけがそう思っているのかもしれない。

他の者もそう思っているのかどうか、確かめたわけではないから。

ドン・キホーテの「思い姫」? 

いや、ぼくはドン・キホーテではないし、

やはり彼女は、客観的に見て、高嶺の花。

客観的と、つい言ってしまったけど、

それは、「客観的」とみなしているぼくの主観でしかありえないかもしれない。

とにかく、ぼくにとって、彼女は遠くから見るだけの、憧れの存在でした。