リチャード・スモールウッド・スペシャル
特別インタビュー第一弾 !

インタビュー@オークランド、米国カリフォルニア州(6/24/2004)

 

 

リチャード・スモールウッドは、現在のゴスペル界にあって稀代のメロディー・メーカーであり、また、優れたピアニストとして知られている。代表曲「Total Praise」「Center Of My Joy」等の作品郡は、美しい旋律と壮大な構成が印象的だ。全米では1980年代からその才能を認められ、第一人者としての地位が確立されていたが、クオリティーの高い作品を作り続ける中で、90年代後半にはその人気は遂に世界規模に達した。その結果、彼の作品は遠く離れたこの日本のクワイアーにも数多く取り上げられるに至っているのである。  

今回は、彼が長年、講師として参加している*「Edwin Hawkins & Walter Hawkins Music & Arts Love Fellowship Conference」(「Oh Happy Day」の大ヒットで知られるエドウィン・ホーキンスが主催するゴスペルのワークショップ)期間中、その忙しい合間を縫ってインタビューする機会を得ることが出来た。中々、日本では聞くことの出来ない彼の貴重なインタビューをお届けします。

(この時点ではまさか来日するとは思ってなかったのです… 11/26/2004 追記)

* 最初の部分は「Gospel Tree」誌創刊号に掲載中です。一応、3回シリーズを予定していますが、全文掲載されるかは未定で、以下はその全文となります。

 

-今日はお忙しい所、ありがとうございます。まずは最近の主な活動状況を教えて頂けますか?

 

「今年中に、『Journey』(仮称)と呼んでいる新しいプロジェクトを完成させたいと考えてます。このプロジェクトでは、私が子供の頃から大きな影響を受けたアーティストとの共演を考えていて…例えば、ロバート・フラック。実は私が8th Grade(日本の中学2年に該当)だった時に学校で彼女に教えてもらってたんだ。だから影響は大きいよね。アレサ・フランクリンも含まれる予定なんだ。それから勿論、ホーキンス・ファミリーや、オリジナル・リチャード・スモールウッド・シンガーズなんかもね。それで、アーティストとの共演用のオリジナル曲も書いていて…今、丁度、書いてる曲はホーキンス・ファミリーとの共演用。でも、新作は、新曲だけじゃなく、私が影響を受けた古い曲のカヴァーも入れるつもりだよ。そして録音は、多分、皆が集まり易いNYになるだろう。」

 

-それは楽しみですね。そう言えば、共作と言うと、あなたの代表曲のひとつである「Center Of My Joy(1987年発表)が思い起こされます。あの作品は、白人クリスチャン・アーティストの巨人、ビル・ゲイザー(1970年代から現在に至るまで、年に数作品をリリースし、クリスチャン・ミュージック界で最も成功してきた作曲家として知られる。1999年にはゴスペルの殿堂と言われるGospel Music Association Hall of Fame入りを果たす)との共作でしたよね。

 

「そう、あの曲では、僕は作曲の部分を殆どを手掛けた事になるのかな。ビルは、最初に基本となるフレーズのアイディアを持って来てくれて…確か、「Jesus Is My Life…My Existence…My Joy…but Jesus is my center of who I am」みたいな。「で、どう思う?」と言われたので、私がピアノに座って弾き始めたら、あっという間に全て音楽となって溢れ出てきたんだ。まあ、それで全部が出来上がった訳ではなくて、ヴァースの部分の歌詞を足さなきゃいけなかったんだけど。当時、私達はテネシー州のナッシュビルで共にビジネスをしていたんだけど、1ヶ月後か、もしかしたらそれよりも短かったかな、インディアナ州の彼の自宅に行ってね。そこで彼の奥さん(グロリア・ゲイザー)に準備して行った音楽を聴いてもらったんだ。彼女は本当に偉大な作詞家でね!彼女がヴァースの部分の歌詞を書き上げてくれたんだ。だから、この歌については私は作曲を担当したと言えるよね。」

 

-当時(25年前)、ブラック・ゴスペルと白人アーティストとの共作なんて珍しかったですよね。

 

「本当にそうだよ。」

 

-それで、今でもコンサートや教会で頻繁に歌われる「センター・オブ・マイ・ジョイ」のオリジナル・レコードが手に入らない、と言うか、それ以外にもあなたの数々の名作が廃盤となったまま、手に入れられないと言う現状はいちファンとしても非常に残念なのですが。

 

「そうだね。でも、実際、Word Record(ワード・レコード)は、『Textures』(先の「Center Of My Joy」を含み、今現在もリチャード・スモールウッドの最高傑作と評される初期の傑作)のCD化を試みているらしい。知っての通り、あの頃はまだLPが主流だったのでね。君の言うように、たくさんのリクエストがあったので遂に決断したようだよ。しかも今年中にね!」

 

-あなたの最初のレコードは?

 

「最初の作品は、タイトルも同名の『Richard Smallwood Singers』で、これに「I Love The Lord」(ホイットニー・ヒューストンが映画『天使の贈り物』でカヴァーした事で知られる名曲)が含まれているんだ(この名作もオリジナルはずっと廃盤のままである)。あれは、1982年だったかな。」

 

-そんな訳で、それ以来、あなたはたくさんのアルバムを出していますが、もし初めてあなたを聴く日本のリスナーの皆さんに勧めるとしたら、どのアルバムでしょう?

 

「そうだなあ。難しいなあ。あえて言えば、最近の3枚のアルバムかな。

 

つまり、『Adoration(「Total Praise」を含む)』『Healing』『Persuaded』なんだけど。より経験を重ねる事によって、音楽的にも進化はするけど、精神的にも成熟してくると思うんだ。創造の過程で神へと向かう姿勢も変化するしね。私としては年齢を加えて、音楽的な側面だけでなく、神ともより力強く、成熟した関係を築きつつあると信じたいしね。

 

あとは、率直に言うと昔の歌を歌うのは億劫でネ(笑)。みんなが「Center Of My Joy」をリクエストしてくれるのは嬉しいんだけど…別に嫌いな訳じゃないんだ。つまりその、余りに古過ぎるんだよ(笑)。それらの歌が皆にとって特別な意味を持つ事がある、というのは知ってるんだけどね。でも、そういった中での例外は「Total Praise」かな。あれは今でも歌える好きな歌だよ。」

 

-あなたの音楽は一聴して「リチャード・スモールウッド」と判るような特徴を備えていると思うのですが(クラシックを背景にした壮大な曲構成や生オーケストラを配置してのアレンジなど)、もし自分の音楽を定義付けるとしたらどのように説明されますか?

 

「うーん、自分の音楽にタイトルは付けるのは難しいなぁ。

 

私はとても厳しいしつけの中で育ったんだ。父親が牧師(Minister)だったので家で聴く事を許されたのはゴスペル・ミュージックだけだった。11歳の時に母がクラッシックを教えてくれるまではね。勿論、家の外ではポップやR&Bやジャズを聴いてたけど…それでも厳しかったなあ。加えて、大学時代、私が専攻したのはクラッシック・ピアノでね。それがクラシックの素養を更に強化したとは言えるね。勿論、僕が歌を書く時には、ジャズや伝統的なゴスペルとか、自分が聴いてきた全ての音楽の影響が出てくると思うけど。それだけに「こうだ」と言い切るのは難しいなあ。全て子供の頃から聴いてきた音楽の影響としか言えないなあ。」

 

-ゴスペル・ミュージックの未来についてどう思われますか?

 

「僕はそれにはとても楽しみにしてるよ。

 

みんな理解してなきゃいけないと思うんだけど、アメリカでは初期のゴスペル・ミュージックは大衆から受け入れられる事は無かったんだ。最初はヨーロッパでの方が人気があったと言うか、リスペクトを持って迎えられていたと思うよ。

 

何故って、アメリカでは誰もゴスペルを、クラッシックとかああいった権威ある音楽ジャンルと同じレベルには決して見る事が無かったから。まあ、これは私達、アフリカン・アメリカンの文化に対する見方にも通じるんだけど…。見下されると言うか。うるさ過ぎるとか騒々しいとか…。

 

今は正に良い具合にクロス・オーヴァーしつつあると思うんだ。そう、かつて、エドウィン・ホーキンスが世俗との壁を破り、またカーク・フランクリンがまたゴスペルを次のレベルへ引き上げた、といった過程を経てね。今、私はゴスペルが全てのレベルにおいて受け入れられた、という気持ちになっているんだ。テレビでも、演劇でも、それから映画でも、ゴスペルは大々的に取り入れられるようになってきている。ゴスペルは世間に認められた。僕は遂にこの時が来たのかと実際、興奮気味なんだ。」

 

「とは言え、まずゴスペルは、「伝道(Ministry)」なんだ。人々をイエス・キリストに触れさせる為のネ。音楽を通してイエス・キリストを知ってもらうこと。また、同時に既に神を知っている人々を勇気付ける為のものでもある。時には、僕達自身が歌う事で元気付けられたりもする。でも、同時にゴスペルは芸術でもあるんだ。僕の次の目標は、ゴスペルが真の芸術として世に認められる事だ。アフリカン・アメリカンがこの国の歴史の中で苦しみつつ認知されたように、そしてクラシックやジャズといった他の音楽が同じような経過を経てきたように。遂に時がやって来ているのではないか?というのが僕の思いなんだ。

 

勿論、いつの時代にも論争は起きるよ。テーマについてとか…「神様の話なんか聞きたくない」みたいな。でも、もしゴスペルを聴く人々がその内容を信じなくても、音楽が彼等をどこかに連れて行くとしたら、素晴らしいじゃないか…。」

 

-正にそれが日本で起こっていることかもしれませんね。日本でのゴスペル・ブームは意味の無いものではないと。

 

「その通りだよ。」

 

-例えば今回のワークショップでは、日本だけではなく、ドイツやスェーデンといった国々からもワークショップへの参加者がありました。正にゴスペルの国際化はドンドン進みつつあると思うのですが、この状況に対してあなた自身はどのように思われますか?

 

 「素晴らしい事だよ。私はヨーロッパや北欧へのツアーに行くチャンスが増えているのだけれど、最初に感じる事は、「ゴスペル・ミュージックが心から愛されている」と言う事だな。例えば、米国内で野外コンサートで雨が降り始めたら、直ぐに皆帰ってしまうけど、ヨーロッパでは、みんな何時間でも雨の中、聴いてくれるんだよ。何百何千という人たちがみんな傘を指してね(笑)。本当にゴスペルを楽しんでくれている。スェーデンやドイツやノルウェイ…彼等は自分達のゴスペル・クワイアーを作り始めているものね。特にノルウェイ。私は何度もツアーしてるんだけど、最近では昨年末に2週間ほど行ったかな。ちょっとしたコンサートとワークショップをしたのだけれど…彼等は本当にそれを愛してくれた!そしてそれがイエス・キリストの御心なんだよ!神は人種による分断なんてしない。それは、アフリカン・アメリカン・スタイルの音楽かもしれない。でも、それはアフリカン・アメリカンだけのものという意味ではない。みんなのものなんだよ。神は偶然にも私達(アフリカン・アメリカン)を、ゴスペルを創造する上において選んだかもしれないけど、それは世界の全ての人々のものなんだ。みんながゴスペルを歌ってくれる事は良い事なんだ。何故なら彼等が歌えば歌うほどに、神の福音のメッセージが広まるんだから。

 

ゴスペルは、みんなのためのものだよ!

 

神は、これほどにパワフルな音楽を、たったひとつの人種の為に造られる事を許さないと思う。言葉の壁や文化の壁を乗り越えて世界中の人々の心に届いてしまうような音楽を、たったひとつの人種のものだけにしてしまうなんて…。福音は、私達だけのものじゃなくて、みんなのものだよ。

 

私は、自分の歌が色々な国の人々が歌ってくれることを本当に誇りに思うし、心底いとおしい。日本の皆がやって来た最初の年(日本人クワイアーが始めてエドウィン・ホーキンスのワークショップに参加した5年前)、目の前で「Total Praise」を歌うのを聴いた時、僕は涙が止まらなかったんだ。僕がそれまでに見た最も美しいものだった。彼等の喜び、表情…。その雰囲気に本当に心が動かされたんだ。同じことはヨーロッパでもあったよ。「Total Praise」はドイツでもスェーデンでもノルウェイでもポピュラーなんだけど、特にノルウェーでは、現地のクワイアーが、ノルウェイ語で「Total Praise」を歌ってくれた。それも美しい光景だった。だから音楽はみんなのものだと言いたいんだ。」

 

-最近、取り沙汰されているコンテンポラリー・ゴスペルとトラディショナル(伝統的)・ゴスペルとの違い、或いは関係についてはどのように捉えられていますか?同じゴスペルであってもこのふたつは異なるものなのでしょうか?

 

「個人的には、全てのゴスペル・ミュージックが日曜の朝の為に書かれる必要は無いと思ってるんだ。実際、私達の生きている現実の世界はトラブルに満ちていて…戦争や…。アメリカ国内でもインナーシティーのスラム化問題など特に深刻だ。神はそういった人たちにも福音を届けられる人達を必要としていると思うよ。そして、残念ながら、そういったスラム街の子供達には(伝統的な)「アメージング・グレース」はアピールしないんだ。

 

 私の両親は教会に通っていた。私の祖父母もそうだった。曾祖父母も通っていた。私の周りの人達はみな、教会とその文化を背景として育っている事を知っている。だから今のそう言ったキッズ達にしても、両親や、祖父母が教会へ行っていて、子供達も教会へ行った事はある筈なんだ。神は、そういった子供達に福音を届ける為に、彼等のハートにアピール出来る牧師や作曲家や音楽家も育てたと信じている。だからコンテンポラリーなゴスペル音楽というのは、とても重要な役目があるんだ。時に「神はこのような形でしか働かない」なんてよく、固定観念的というか、決めて掛かる人達が居るけど、私が奉仕している神は、知恵に溢れ、私達の想像を超えた広い視野をお持ちだ。こう言う言い方をすると、伝統的なゴスペルが好きな人は喜ばないだろうけど、コンテンポラリー・ゴスペルは今となっては決して教会に来ようとしない子供達に伝えられる道具でもあるんだ。

 

 誤解を招かないように敢えて言えば、私は、伝統的なゴスペルを決して忘れないし、軽く見てもいない。私自身、決して伝統的なゴスペルを歌うことを止めないよ。だけど、同時に、コンテンポラリー・ゴスペルの為の場所も必要だと思っている。何故って、それは伝統的なゴスペルでは届かないかもしれない人々に届くことがあるから、と言う事を経験的にも学んだからなんだ。」

 

-その通りですね。私は最近、*Tonex(トネイ)の最新アルバムを聴いて、同じような事を考えていたのです。

 

「トネイ!私はもう彼にゾッコンだよ(笑)。彼こそ、正にコンテンポラリーそのものだね(笑)。

 

彼は友人でもあるけれど、その前に何度か彼のコンサートを見る機会があってね。私が初めて彼を見た時は…もう、最先端、って言うか。最近は多少大人しくなってきたけど、初期のファッションときたら、もう、とーーーっても凄くてね。ワイルドというか…。思わず、「うーん、どうなんだろ?」って思ってしまったよ。でも、そのコンサートで何が起こったか…。コンサートの最後に、彼はアルター・コールをしたんだけど、そしたらそこら中の若者が集まってきて神を受け入れたんだよ!これこそ、ゴスペルなんだ。

 

どうやって神を知る事になったか、なんて過程はどうでもいいんだ。コンテンポラリーか伝統的かなんて重要じゃない。神を知る事が大切なんだ。手段なんて決める必要などないんだよ。」

 

-彼のお父さんは牧師さんですよね。

 

「そう、彼のお父さんもお母さんも牧師だよ。」

 

-実はトネイの伯父さんの教会がロサンゼルスにあるんですが、私がロサンゼルスに住んでいた時、彼の説教を聞いたことがあるんです。最初は本名だったんで判らなかったんですが(Tonexの本名はAnthony Williams Jr.で、音楽をやる時と名前を使い分けている)、壇上の姿を見て、「あれ、トネイだよね?」と言う事になって…。そしたら、彼の説教の凄い事…。

 

「うん、彼は正に本当の説教が出来るよ。間違いなく。」

 

-だからあなたの話を聞いて本当に私はハッピーですよ。

 

アメリカの教会で話をしてると、時に、人は「カーク・フランクリン?ありゃゴスペルじゃないよ!」なんて言う人も少なからずいて…。

 

「うん。本当に私を煩わせる事は…どう言えばいいかなあ、教会の人達は、時に高みからものを見るように判断する事がある。自分だけにゴスペルについて語る資格があるかのように振舞うんだけど…違うよね。人間じゃなく、神だけがどうやって人々の心に訴える事が出来るかを知ってるんだ。カークは、本当に多くの若者の心を掴んだ。それはもしかしたら彼自身が知らない所で神が働かれて、クロス・オーヴァー現象を引き起こしたのかもしれないけど、カークの出現によって多くの若者が神に触れることになったのは間違いないんだ。

 

だから、私のクリスチャンの兄弟姉妹が「あれはゴスペルじゃないよ」なんてのを聞くと、本当に心が痛むんだ。その音楽があなたに訴えかけないからって、それが他の誰にも訴えかける事がないなんて言えないよ。その新しい音楽が、誰かを神の所へ導く道具にならない、なんて言えないんだ。

 

私達は自分達の好みの音楽を聴いて育ってきた。私は、伝統的なゴスペルで育った。だけど、どこかで伝統的なゴスペルだけでは満足しきれない自分がいたのは事実なんだ。そして、エドウィン(・ホーキンスの「Oh Happy Day」)が現れたんだ。彼らは教会が拒否するような進歩的なコードやハーモニーを使ってたけど、私はもう、「やった!これだ!これだよ!」って感じだったよ。

 

別の時に、白人のクリスチャン・ロックを聞く機会もあったな。「ストライパー」ってバンドだったかな?(実際はクリスチャン・ヘヴィー・メタル)僕はロックを聞いて育った訳じゃない。だからまあ文化的には意味がわからなかったよ。スモークが常にステージに溢れてて、ギターはギュンギュン言ってるような…。流石に「これってゴスペル?」って思ったよ。で、私も彼等を裁く所だったよ…「やっぱり、これはゴスペルじゃない」ってね。だけど、コンサートも終わりになると、本当に彼等は普通の若い白人の子供なんだけど、聖書を取り出して読み始めたんだ。そして、アルター・コールを始めたら、これもまた数え切れない白人のキッズが神を受け入れようとステージ前に集まって来たんだ。

 

こういった経験を通じて、私自身も「これはゴスペルで、あれは違う」なんて裁いてしまう愚かさを気付かされたんだ。私は直ぐに彼等のアルバムを買ったよ。だって、いくら音楽的に自分に訴えないからって、それを安易に判断しちゃいけない。それが他の誰かに訴えるんであれば、そのようにさせようと。それは神の御心なんだと。だから、本当に気をつけないといけないね。「あれはゴスペルじゃない」なんて言わないようにね。」

 

-日本のファンに何かメッセージはありますか?

 

「私はまだ日本には行った事が無くて、だからこう言ったワークショップで会うのが今の所、唯一のチャンスなんだけど、日本人は、私の知る限り、最も優しくて暖かい人々だよ。

 

日本のクワイアーが初めてここに来た時、ディレクターが証(あかし)をしてくれたのを思い出すよ。彼女がどう神を受け入れたか、とか、どのようにクワイアーをまとめあげたか、そのメンバーにはクリスチャンもノンクリスチャンもいたけれど、幾人かはここ(オークランド)で神を受け入れた人がいると聞いて本当に心が動かされたよ。神の御業を見る思いだね。本当に素晴らしい事だよ。

 

それと、音楽に対して…ワークショップに向かう姿勢というのも素晴らしい。気付いているとは思うけど、ここ(アメリカ)の人達は途中で飽きてしまったり、怠慢な態度であったりする事もあるんだけど、日本のみんなはいつも一生懸命で、何かを掴もうと常に積極的だ。それにいつも喜びが溢れている。

 

-そうですね。まあしかし、日本人は、決して安くないお金を注ぎ込んでアメリカまで来ているので、得られるものは全て受け取りたい、という気持ちが更に強い、というのもあるかもしれませんけどね。

 

-あなたは30年前に始ったこのエドウィン・ホーキンスのワークショップに最初から参加されているそうですね。

 

「私がエドウィンに会ったのは、私が18歳の時だよ。そう、「Oh Happy Day」が大ヒットした頃にワシントンDCにコンサートに来て…それ以来と言う事になるから、彼とは本当に長い間、友達なんだ。でも凄い事だよね、それがこんなに続けられるなんて。」

 

-それはあなたがワークショップの意義を深く理解し、認めているからこそだと思いますが、ジョン・ピー・キーやシャーリー・シーザー、ドニー・マクラーキンのように、自らワークショップを開こうとは考えないのですか?

 

「今の所はまだかな。良く話自体はしてるんだけどね。知ってのように、今は余りにたくさんのワークショップが開催されていて…。

 

私の伝道生活は、たくさんのワークショップに自ら出向いてゴスペルを伝えることだった。ドイツやスェーデンやノースカロライナ、LA。どこにでも行ったよ。ロシアにも行ったし、フィンランドにも行った。ありとあらゆる場所さ。私の活動は伝道師としての働きに近いんじゃないかな。色々な場所で、神が私に授けたものを分かち合う…最近では説教もしてるし。説教はするし、コンサートはするし、ワークショップもするし…。

 

でも、実は将来的な夢もあるんだ。それは、ゴスペルの歴史に焦点を置いた、ゴスペル・ミュージック・スクールを設立する事なんだ。何故なら、もし私達が自分達で気を付けて注意を払っていなければ、この歴史は失われてしまうのではないかと、正直、不安なんだ。

 

勿論、私は全ての形のゴスペル・ミュージックを応援しているよ。コンテンポラリーなものを含めてね。でも、私達は、それらの元となった、ゴスペルのパイオニア(開拓者)達を忘れて欲しくないんだ。トーマス・ドーシー、サリー・マーティン、エドウィン・ホーキンス等。若い人達には注意を払わない人達もいるようだけど、とても重要なことなんだ。だから、私はそのようなゴスペルの歴史に重きを置いた…勿論、それだけじゃなく、音楽における伝導について、或いは、ビジネス面について、或いはこういったインタビューにどのように対応するか、といったことにすら触れるような学校をやってみたい。

 

若い人達の場合、歌は歌えるけど、話をするとなるとてんで駄目、って場合もあるけど、それじゃ駄目なんだ。音楽だけでは不十分なんだ。だって、今のこのインタビューだって、ある意味、Ministry(伝道)と言えるのだからね。

 

だからまあ、最初はワークショップとして始める事になるのだろうけど…究極的にはそういった事をすべて学べる学校を設立したいな。ゴスペル・ミュージックに携わるにあたって必要な全てが学べる学校をネ。これが私の夢かな。

 

実際、私は今、ハワード大学からゴスペル・ミューックについて講義をして欲しいと頼まれているんだ(彼はハワード大学出身者でもある)。だからそれが、最初のステップになるのかな、なんて考えているんだけどね。名前も考えてあるんだ「Smallwood Institute Of Music 」ってね(笑)。実現できるかはわからないけど、でも真剣に考えているんだよ。

 

-素晴らしいですね。実現したのなら私も入りたいです。それより、まず日本に1度来て下さいね。

 

「勿論さ。是非、行かせて貰うよ。」

 

-忙しい中、今日はどうもありがとうございました。

 

2004/6/24 14:00-15:30 Love Center Church, Oakland, CA

インタビュー&構成 by 古澤英明 All rights reserved 2004