町を一望出来る、丘の上。一人ベンチに座り本を読みふけっている、青年がいた。
初夏を告げる光が辺りに降り注いでいたが、ベンチ脇に立つ一本の大きな木が、青年に心地良い影を落としている。そして、町の向こうに広がる海からは、心地良い風が吹いていた。
いつもの場所の、いつもの時間。
彼は気怠い下界の空気から逃げ出し、静かに流れる時間の中で一人過ごすのが日課となっていた。
そこは一応、公園であった。しかしながら、青年の他には人影は無い。
あるのは、鳥達のささやきと、風に揺れる木々の音だけであった。
静かに流れる、時間。町の雑踏とは無縁の場所である。
不思議とここを訪れる者は、ほとんどいない。遊具が、あるわけでもなく、ベンチが何脚か置かれているだけの公園であった。
そんな場所で、青年は午後の一時をすごすのが好きであった。ページをめくる手だけ時折動かし、まるで風景の一部かの様にすごしている。
しばし、静かな時間の中で青年は、すごしていた。
そして日が少し、西に傾きだしたとき、木々がざわつきだした。読んでいた本から、視線を外す青年。
そのまま、傍らの大木を見上げた。
するとざわめきは収まり、変わって「こんにちは。」と、女性の声がした。
ゆっくりと振り返る青年。するとそこには、スレンダーな女が一人、立っていた。白のブラウスに、ジーンズ姿。
まるで、モデルの様なスタイルであった。顔立ちも、清楚な感じである。
しかし青年は、「どうも。」と、頭を下げるわけでもなく、べつだん興味もなさげにまた、本へと視線を落とした。
女は、そんな青年の態度を気にした様子もなく、すたすたとベンチに近ずき、腰を下ろした。
青年の座る、ベンチに。そして、眼下に広がる景色へと視線をおくった。
「すてきな場所ね。」
返事を求めているのか、いないのか。無言の青年を見ようともせずに、ささやいた。
いつもの場所の、いつもの時間。
しかし今日は、神様の悪戯か、いつもの様にとは、いかなくなってしまった事への不満か、青年は返事もしない。ただ、本を読んでいるだけである。
もしかしたら、べつに気にもとめてないのかもしれない。
女も、気にした様子もない。
奇妙な時間だけが、流れた。
日もだんだんと、西に傾きだしている。風に、冷たいものが混じりだしていた。
青年が、ふと本を閉じた。読み終わったのである。そして視線を、眼下へとおくった。
「やっと、読み終わった。」
女の、少しいたずらっ子の様な声が、青年へとかけられた。彼女は、読み終わるのを黙って待っていたようであった。
さすがに青年も、女の方を見た。女は、青年を見つめていた。
「夜雲 恵美。」
女・恵美が突然、自己紹介をした。屈託のない少女の様な、表情で。
少し沈黙のあと、「神 響夜(ジン キョウヤ)。」と、返事をした。
青年・響夜が、悪戯好きの神様に、屈服した瞬間であった。