小説みたいなもの(短編)--物語・約束--その7 | ひでごんの独り言&小説みたいなもの

ひでごんの独り言&小説みたいなもの

何か気ままに
書いていこうと思います。

 「諦めるんですか?。もう少し、待っても・・・。」


 マスターが、少し寂しげに声を発した。


 アサミは、涙を拭いながらコクリとうなずいた。そして、マスターを見上げた。


 「零と私の、物語が終わっただけ。」


 寂しく響く、アサミの声であった。


ほんの束の間、静寂が店内を支配した。アサミは、マスターを見つめたままでいる。マスターもまた、アサミを見つめていた。


 するとまるでこの静寂を嫌がったかのようにマスターは、棚から一本の酒瓶を取りだした。そして、ロックグラスにその中身を注ぎだした。氷が、静かに鳴いている。


琥珀色の液体を、半分ほど注ぐとそれを、アサミの前に差し出した。そして瓶を、そっとその傍らに置いた。


 『BOOKER'S』


 それは、バーボン・ウイスキーの瓶である。


 「これって?。」


 「懐かしいでしょう。零君が、いつも飲んでたやつです。」


 ”そうだ。思い出した。”アサミは、いつもこれを飲んでいた零を、思い出していた。


 「その一杯が無くなるまで、・・・。」


 マスターがそう言うと、自分用のグラスにも注ぎ始めた。


 アサミは、軽く液体を口に含んだ。とたんに、眉をひそめた。


当然である。それは、アルコール度数60度の酒である。さすがのアサミも、手こずる度数だ。


 アサミは、眉をひそめた後、なんだか遠くを見るかのような表情をした。


思い出しているのだろう、これを飲んでいた零の事を。


 「私の話を、してもいいですか?。」


 マスターが、酒を一口グイッとやりながら、話し出した。べつだん、アサミの返事を待っている風でもない。


 「実は、今日でお店、閉めようと思ってるんですよ。」


 突然の、内容であった。驚きの表情を作る、アサミであった。そんなアサミを見てマスターは、優しく微笑んでみせた。


 「私も10年の約束に、のっかってたんです。」


 マスターは、そっと視線を外へと向けた。


 「本当はあの日、店じまいしようとしてたんです。でも二人は、約束の場所にここを選んだ。」


 残りの液体を、一気に流し込むマスター。


アサミは、何を言っていいのかわからないでいた。


 「だから、絶対にこの日まで、店じまいしないと誓いました。」


 ニコリと笑ってみせるマスターであった。そして「ロマンチスト、ですから。」と、付け加えた。


 「ごめんなさい。知らなかった。マスターまで、巻き込んでたんだね。でも、どうして・・・。」


 「アサミちゃんが生まれた年に、この店を始めたんですよ。これも、何かの縁ですかね。私も、良い夢みせてもらいました。」


 アサミは、驚いていた。確かに勝手にここを、約束の場所に選んでいた。ここが、無くなるなんて想像もしてなかった。


 確かにあの時、”10年、店じまい出来なくなりましたね”と、マスターは言っていた。


またアサミの眼から、涙がこぼれ落ち始めた。


 「泣かないでくだっさい。私の事で。私が、勝手に付き合ってただけですから。」


 マスターが、寂しそうに店のドアへと視線を送った。寂しげに。


 「これで、彼が帰ってくれば、良かったんですけど。」


 「零は、一足早くこの物語を、終わらしてたみたいだね。」


 アサミが、涙を拭きながら言った。


 マスターが新しく液体を注ぎ込んだグラスを、アサミの前に差し出した。乾杯のポーズをとっている。


 「10年間、本当に有り難うございました。楽しかったですよ。」


 「本当にありがとう。付き合ってくれて。」


 グラスとグラスが当たる音が、店内に響く。


 「マスター。これから、どうするの?。」


 グラスの中身を、チビチビやりながら、アサミが聞いた。


もう泣いては、いなかった。


 「残りの人生、のんびり生きます。」


 ここでマスターから、笑顔が出た。幸せそうな、笑顔であった。自然とアサミも、笑顔になっている。


 「最後に、辛い思い出になっちゃったけど、これからも楽しく生きよう。二人とも。」


 アサミは、残っていた液体を一気に飲み干した。


 「今まで美味しいカクテル、本当に有り難うございました。そして、ご馳走様。」


 そう言って、何かを断ち切るかのように立ち上がった。そのまま、財布と格闘を始める。


もう、表面的には、いつものアサミに戻っている。


 しかしその心の中は、・・・。マスターは、考えていた。10年の年月の物語。


いったいどれだけの時間をかければ、癒されるのか。


それはきっと、誰にも解らないのであろう。本人にも。


 忘れるなど、出来ないのかもしれない。10年の、約束の物語。


でもアサミは、新しい物語へと歩き出すのだろう。


マスターは、そう願うしかなかった。


 突然、ドアが開いた。アサミの、後ろで。


 「あっ。すいません。もう、閉店なんですよ。」


 マスターが、ドアの方へと視線を送りながらいった。


アサミは、まだ格闘中である。


 涼しい風が、店内へとながれてきた。風は、アサミのもとにも届いた。


何か、心地良いかぜであった。


 その風を感じながらアサミは、お金をカウンターの上に置くと、決意にも似た表情でドアへと体を向けた。


新しい、物語を探すために。





 マスターは、誰も居ない店内でひとり、ウィスキーを飲んでいた。


その表情は、清々しかった。


 30年間の、思い出に浸ってるかのようであった。


 「物語ですか。そうですね。人々は、自分の物語の中で、生きている。確かに、そうですね。」


 そう呟くと、残っていた琥珀色の液体を一気に喉へと、流しこんだ。


空になったグラスを、見つめるマスター。


 「でも、物語は、ハッピーエンドが一番です。」


 外へと視線を移す、マスターであった。


 午前二時。人通りも無くなった通りが何故か、清々しく見えているマスターであった。