小説みたいなもの(短編)--物語・約束--その5 | ひでごんの独り言&小説みたいなもの

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何か気ままに
書いていこうと思います。

マスターが、クスリと笑った。どこか、寂しげに。

あさみは、そんなマスターの表情を見逃さなかった。口を開けようとしたとき、「でも、物語は、ハッピーエンドが一番ですね。」と、マスターの言葉に、さえぎられてしまった。

 気をそがれてしまったあさみは、疑問をいったん飲み込んだ。

マスターはもう、いつもの優しい表情に戻っていた。

 「マスターって、ロマンチストでよね。」

 あさみは、カウンターに両肘を付いて、手の甲に顎を乗せて悪戯っぽく笑った。

 「何歳になっても男は、少年のままですから。」

どこか得意気な、マスターの声。

 「少年て言えば聞こえは良いけど、永遠の子供でしょ。」

 「はい。」

 マスターの、潔い返事が返ってきた。アサミは思わず、笑ってしまった。

それを見たマスターも、子供のような表情で笑ってみせた。

 ふとあさみが、目の前のグラスへと、視線を落とした。

 「零もそうなのかな。だから、あんな馬鹿げた夢に向かって、突っ走れたのかな。」

 ため息混じりの、声であった。

 「馬鹿げてますかね。」

 マスターの、どこか寂しげな返事であった。

 「私は、彼がうらやましかったんですよ。端から見れば、確かに馬鹿げているかもしれません。でも、男が脇目も振らずに突き進んだ、夢。そして、それを実行できる若さ。」

 あさみは、黙って聞いている。

 「若さ故って、人は言うかもしれません。でも、若い時にしか出来ない事の方が、多いんですね。だからこそ、いくらでもやり直しが出来る若いうちに、夢を追いかけた方がいい。立ち止まって、しまうまで。後ろを、振り返ってしまう時まで。」

 マスターが、土砂降りの外へと、視線を移した。遠くを、見るように。

あさみは、そっとマスターを見上げた。

”マスターは、いったいどんな夢をこの街で見ていたんだろう。今の言い方だと、きっと諦めてしまった、夢。”

あさみは、何かを言いかけて、それを飲み込んだ。どんな夢だったのか聞こうとしたのであった。野暮な事は、止めようと思ったのである。人には、触れられたくない思いでもあるのだから。

 アサミは、グラスをグイッとやって、差し出した。

マスターはそれを受け取り、仕事に取りかかった。

 あさみは、ぼんやりとこの10年を振り返りだした。

短かったような、長かったような。零のいなかった、10年。いろんな人と知り合った、10年。

 零に、行って来いと言ってから、本当に10年経ってしまった。

 仲のよかった友人は、皆、結婚してしまった。店に勤めだした時の女の子達も、みんな自分の物語を見つけて、去っていった。居なくなるたびに、嬉しさ半分。寂しさ、半分。

自分で選んだ物語なのに、寂しくてたまらなくなる事があった。

 寂しくて、押しつぶされそうになって、誰でもいいからこの心をうめてと、男の胸に飛び込みそうになったこともある。

 そのたびに、零の顔がうかんだ。そして、約束だけを糧に、今まで過ごしてきた。

 そして今日、待ち続ける物語も、終わりをつげる。それが、どんな結末であっても。

 あさみは、時計に目をやった。

 9時30分。

 胸が、高鳴り始めた。期待と、不安で。