セッションやセミナーでたびたび登場する言葉。
「見えない」
以前のエントリー で少しふれたと思いますが
一概にコレって原因がないのです。
セッションで依頼があればやりますよ。
ただ個人的に思うことがあるので・・・
単刀直入に言うと
見ることにこだわり過ぎです。
そこからさらに他の感覚を閉ざしてしまってるんです。
別にスピとか関係なく
自分の設計の仕事で使ってるものなのですが
発想の転換をしてみたら?って思ったりします。
この場合だと
見えないんだったら他の方法でやろうって感じで。
セッションに例えるならば
見るって作業は途中にある方法の一つ。
そんなのにこだわってもしょうがないでしょ?
創造主のメッセージを
見る、聞く、感じる等どれで受け取ってもいいんです。
クライアントさんが求めているものは
単に見て欲しいのではなく、その先にあるものです。
原因をつきとめて欲しいとか
解決したい、何とかしたいって思って来てるんです。
(↑どうせこだわるならこっちにこだわって欲しいです)
ただ見えないってだけであきらめる。
自分の可能性を閉ざすのってナンセンスです。
それよりも今の自分が出来るこや
ご自身の持っているものを出し切る。
やり切るってほうが傍から見ててはるかにいい。
言葉をかえたら最善を尽くすってことになると思います。