「秀と母」
第二章 第52話 お母さん、お帰り
母の退院の日までに、家での生活を想定して準備を進めて来た。大事なのは母がゆっくりと休める場所を確保すること。静かに眠れる場所は、母が今まで寝ていた玄関先の仏間の部屋よりも、家の奥にある次兄の部屋が良い。
母と次兄が一緒の部屋で寝る案を次兄に相談すると、二つ返事で気分良く了承してくれた。
次に考えたことは、母は今まで布団を敷いて寝ていたが、寝たり起きたりする時に負担がかかる。疲れた時にすぐ横になれるように、ベッドの購入を決めて母にも了承を得た。
その次は部屋にベッドを置く場所をどう作るか。みんなで話し合った結果、本棚を処分して、さらに次兄が長年使って来た机を処分する必要があった。
予想以上の短期間に、次兄は一生懸命に部屋の片づけをしてくれた。そして次兄と一緒に本棚を運び、洋服ダンスを移動して、机を運んで、これでベッドの置き場所を確保できた。あとは母の退院までにベッドが届くのを待つだけ。
次兄が長年使って来た机を処分することに申し訳ない思いでいた。
「ごめんね。机を処分することになって・・・」
「いいんだよ。もうどうせ使ってないし。今は物置場所になっているようなもんだから。それにお母さんのためなら机なんてどうでもいいよ」
母のためならどんなことでも。みんなが同じ気持ちで嬉しい。それだけに次兄の言葉に感動して感謝した。
しかし、母は自分のために次兄が部屋の机や物を捨てることに胸を痛めて、ベッド導入をためらっていた。
「お母さんのために机を処分したり、あれだけの物の片付けをするのは大変だよ。そのことを考えたら胸が苦しくなってきちゃったから・・・。悪いから、やっぱりベッドは辞めるよ。キャンセルしてもらえる?」
僕は次兄の母への思いと父や長兄みんなの気持ちを伝えた。
「お母さんにゆっくりと休んでもらえるよう、みんなで相談して決めたことだからさ。心配しないで大丈夫だよ」
「でも、悪いよ」
「大丈夫だよ。とにかくまずは家でゆっくり休んで、体調良くなってほしいから」
何とか母に納得してもらえるよう話を続けるうちに、ようやく受け入れてくれた。
「みんなに迷惑かけて悪いね」
「全然大丈夫。みんなお母さんのことを思っているんだから。安心して」
すると、母から前向きな言葉も出て来た。
「体調が安定したらベッド使わなくなるし。そのまま(次兄に)使ってもらえば良いよね?」
「そうだよ、お母さん。(次兄が)酔ったり遅く帰って来ても、布団を敷かずにベッドにすぐゴロンと寝られるし。お母さん、それ良いね。それで行こう!」
母に分かってもらえてホッとした。
12月27日にベッドが届いた。大きさも高さもちょうど良い。
――これなら安心だ。
2010年12月29日
母の退院の日が来た。長兄も群馬から車で駆けつけてくれた。
――みんなでお母さんを迎えに行こう。
朝一番で病室へ着くと、母は既に着替えを済ませ、荷物をまとめて準備完了。
「お母さん、準備早いね」
思わず笑う母と僕たち。そこへ主治医のI先生、H先生、F先生が来てくれた。お礼のご挨拶をして病院を出る。
病院の温かい部屋にずっといた母。久々に当たる外の空気が冷たくないか心配だったので、長兄に病院の玄関先まで車を回してもらった。
母を北風から守るようにみんなで壁になり、大事に誘導して車に乗せた。
長兄が母にひざ掛けを渡した。母の足が冷えないように用意してくれたのだ。そんな長兄の優しさが嬉しい。
「ありがとう」
母も笑顔で喜んだ。
病院を後にして、ゆっくりと走り出す。
晴れやかな日差しの中、家族五人がそろった車内は嬉しさに満ちていた。ようやく母を家に連れて帰れる。
――こんなに嬉しいことはない。
母もとても嬉しそうだ。
わが家へ到着すると、次兄が先に降りて玄関を開ける。僕は母を連れて玄関までゆっくり歩く。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
ゆっくりながらも一歩ずつ着実に歩ける。退院前に頑張ってリハビリを行ってきた成果が出て良かった。
玄関に入って家に上がるとホッと安堵の表情の母。すぐに父が石油ストーブをつけてくれる。早速、母に奥の部屋のベッドを見せると、座って高さや感触を確かめた。
「お母さん、疲れたらすぐ横になれるから良いでしょ?いつでも休んでね」
「ありがとう」
母は茶の間へ移り、低い椅子に座り、足をこたつに入れる。家に帰ることができて嬉しい母の笑顔。僕らもとても嬉しい。
「お母さん、お昼はサンドイッチで良い?」
買い出しに行く次兄。
「お母さん、お茶を飲みますか?」
お湯を沸かす父。
母が帰って来たら家の中が明るく活気づいた。みんな母のために何でもしてあげたいという気持ちが伝わって来る。
――お母さん、お帰り。みんながお母さんの帰りを待っていたよ。ほんと嬉しいよ。みんなでゆっくり過ごそうね。
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