「秀と母」 第五章(最終章) 第112話 桜 | ちょっとだけ“秀でた世界”

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「秀と母」 第五章(最終章) 

第112話 桜

 

 2011年3月

 桜が咲く頃。父は体操教室の人たちから励ましのお花見に呼ばれ、次兄は知人のお花見に参加していた。僕は一人で北区王子へお花見に行く。

 

 JR王子駅から板橋方面へ石神井川沿いを歩く。母とよく歩いた桜道。

 川沿いの両側に咲く桜の壮観な景色。途中にいくつもの橋があり、向こう側へ渡ったり、また戻ったりして、母と桜を楽しんだことを思い出す。

 

 しかし、今年は母がいない。桜道を歩くたくさんの人たちが、咲き誇る桜の美しさを眺めて喜ぶ。小さい子供連れの家族、恋人たち、年配のご夫婦、トイプードルを散歩する主婦、カメラで桜を撮るおじさん。

――みんな楽しそうで良いなぁ・・・。

 一人歩きながら、空に向かって話しかける。

「今年はお母さんがいないから寂しいよ」

 言葉に出すと余計に寂しくなってくる。こんなに切なく寂しいお花見は初めて。桜を眺めながら黙々と歩く。

 

 突然、目の前に小さな桜の枝がポトリと落ちる。見上げると、雀が桜の花をついばんで落としていた。母との思い出がよみがえる。

「あれ?なんか枝が落ちて来た・・・あ!お母さん、あれ!」

 見上げると、雀が桜の花をついばんで落としていた。

 母が笑いながら、

「可愛いね。一生懸命、枝を落としているよ」

 立ち止まって雀を見守る母。

 僕が雀に向かって、

「ちょっと~!せっかくの桜を食べないでよ~!」

 と、注意すると笑う母。

 

 隣で笑っていた母はもういない。

――もう一度、一緒に桜を見たかったなぁ・・・。

 

 涙がこぼれた。ただ一緒に桜を見られた幸せを想う。