おにぎり先生、ひー様


こんにちは。
私は山口で建築設計をさせて頂いております
みっきぃでございます。


年明けのご挨拶 以来、
ご無沙汰を致しております。


信頼関係の確認について
この度は私自身も深く考えさせられました。


まずは、この様な機会を頂けたことに
感謝を申し上げます。



元来、信頼関係とは
大切に思える人との心の交流を通じて
少しずつ築かれて行くもの
と考えております。


そこにはある程度の時間も必要になります。


この点は昔も今も変わらないと思いたいのですが、

昨今の時代の流れの加速やフラットな社会の広がり
を踏まえて、この信頼関係のあり方を鑑みますと


長年の硬い結束が
合理性という大義名分の下に崩れ去るなど

信頼破綻とすら思えるケースを
公私共に目の当たりにすることが増えたように感じます。


それだけに、
他者への理解の幅を広げる努力が必要ということは
私にとっても大切な気付きでした。



自覚している表の自分と
その反対である裏の自分


人は万能では無いと言え
可能性の意味ではその全てを併せ持つ存在


これが人であるということを実感致しました。


人は常に表裏一体な存在
と言えるのではないでしょうか。



これまでの私のつたない人生を振り返りますと
相手を理解しようとするときの基準は
自分との共通点が手がかりでありましたが、


更なる他者への理解の幅を広げる
成長のきっかけが見えたように思います。



おにぎり先生のお言葉にあります
状況に応じた変化
という視点で


ただ漠然ではなく現実に即して
私なりの理解・気遣い・深めたまう
を心がけようと決意する次第です。


ありがとうございました。


みっきぃ


ひーくん


おはようございます。

私はおにぎり先生です。

お返事が遅くなりました。



相手のことを理解する上で大前提となる

自己理解

について、

ひーくんのことですから

既にお気づきのことと思います。


ここで、

情報の受け取り方や物事の判断の仕方など

ひーくんなりに認識をされている自分像と

180度反対に存在する姿を想像してみてください。


実際のひーくんを表ひーくん、

180度反対のひーくんを裏ひーくん

といたしましょう。


相手を理解する上では

まず、

表ひーくんと裏ひーくん

のちょうど中間に位置するひーくん

という意識が理想的と

おにぎり先生は考えています。



 例えば、

 好きな音楽を聴いているとき・・・

 

 表ひーくんが仮に

 壮大な映像を言葉とともに湧き上がらせる

 とすると、

 

 裏ひーくんは

 1つ1つの音をそのまま受け取り感動します。

 

 

 例えば、

 自然界の脅威を目の当たりにしたとき・・・

 

 表ひーくんが仮に

 大切なひとのことを想い自然と涙するなら、

 

 裏ひーくんは

 人知を超えた自然原理として

 納得しようとするでしょう。



人生経験を積むにつれ

人は自分の物差しというものが

明確になって来るものです。

これは、やがて固定観念となって行きます。


これは人の成長の上では大切なことの一つですが、

信頼関係の確認をする上での

理解

というものを考えたとき、


この理解の幅を狭めてしまう危険があることに

注意が必要です。



今回、例に挙げさせて頂きました裏ひーくんは

あくまで想像上のイメージに過ぎませんが、


この広い世界のどこかには

きっと裏ひーくんのような人も

実在するはずなのです。



高度な情報社会の発展により

これまで培った自分の物差しだけでは

量りえない大変多くの人たちと

コンタクトを取る可能性が出てきました。


この様な中で相手のことを理解しようとするとき

私たちはより幅広い視野と素直な気持ちで

臨んで行くことが大切と言えそうです。


おにぎり先生より




おにぎり先生、
おはようございます。

信頼関係確認のポイント
ありがとうございました 音譜


 この成熟した社会の中においては
 事業コンテンツ、サービスが洗練されているのは
 既に当たり前となっている。
 
 その先にある何か
 をプロとして意識出来ているかどうか?
 ここが問われているのだ。

なんて、うちの社長よく言っていますが、

この何か
理解・気遣い・深めたまう
なのかなと思いました。

理解が無ければ
気遣いはただの無駄なおせっかい
となりかねませんし、

深めるなんてとんでもない!
何をして良いかすら分からないのですから。。


理解
から全ては始まるんですね。


言われてみれば、至極当然のことなのですが あせる

大変に勉強させて頂きました。

ひー