横浜の私の所は未だ雨が降っています。
それに寒い!
明日は晴れるみたいだけど。
嫁にCAD図面の作業をさせて今日やっと完成したみたいなので明日チェックして
まとめてって仕事をします。
午前中くらいで終わると思いますけど。その後に100均のダイソーに行ってみようかな?
今週間で休みみたいな日が有ったり寒かっりで体調も含めて訳が解らなくなったりして
とても長い1Wだった感じがします。
やっと週末!!
明日仕事はちょっとするけど週末って何だか嬉しいな~。
不思議体験聞いたヤツ!
その1。
1993年北海道南西沖地震で奥尻島が津波に襲われて犠牲者がでました。
私の母親方はこの奥尻島の出身で今でも親戚,知人が居る?(私,今では良く解らないけど)
母方は全員函館に出て来て各々仕事について生活をして叔父に当たる3男はだけ東京に
上京して生活していました。
4男の体験して聞いた話なんですけど。
この叔父さんは函館で大工の仕事に就いていました。
その中での奥尻津波が発生して奥尻島が少し落ち着いてから奥尻の家などの復興でかなり久し振りに生まれ故郷の奥尻に行き建物の復興の作業!
この当時は大工さん達の宿泊先は”飯場”って言われている作業員みんなで雑魚寝って感じで宿泊して仕事に就いていたようです。
この飯場は殆ど海沿いだったらしく夜になると波の音が良い感じだったそうなんですけど
この叔父さんだけは違ったようです。
波の音に混じって海の方から”ウ~!ギャ~!助けて~!”と言う声が聞こえるそうです。
その声?がする海の方を見ると苦しんでいる様子の人影が大勢見えたそうなんです。
叔父は2~3日辛抱して寝る時は布団に潜りなるだけ聞こえない様にしながら
仕事をしていたんだけど夜はまともに眠れず精神的に耐えられなくなって函館の自宅へ
帰ったそうです。
叔父の他にも大勢同じ体験をして皆余りにも怖くなって作業員は皆引き上げたそうです。
私の記憶もあやふやなのですがこの飯場を利用していた作業員の会社は
奥尻の復興作業は一次中断になったようでした。
奥尻の出身の叔父。
この津波での犠牲者の中には知人,同級生も居ました。
遠縁ですけど親戚等も居ました。
犠牲になった方々は苦しかったのでしょうね。
助けて欲しかったんでしょう。
ちょっと乱雑文ですけど以前叔父から聞いた話でした。
