最近になって、この年齢で気が付いたことがあります。
以前から気になっていたことですが、諸外国、特に先進諸外国
では、国民の多くが政治に関心を持ち、自分たちも政治活動に
参加し、政治を良くしようという意識が高いと思われることです。
最近、テレビのある番組で大統領の選挙戦の報道を視て感じた
ことなのですが、やはり大人はもちろん若者たちが、意見を
求められれば賛否は別にして自らの意見をの述べることに、
我われ日本人に特有のなんだかよく分らない照れの様なものも
無く、至極あたり前に答える態度です。
私たちの年代に生きてきた日本人は、政治について何か言おう
とすると、犬の遠吠えとか、どうせ何も変わらないよとか、政治
活動を変人扱いにされるとか何かと心の片隅に抵抗感を覚えた
ものである。
しかしこれはおじさん達だけの問題ではない。現代に生きる日本
の若者をみても同様に感じている人が多くいるように思う。
正面切って政治に立ち向かい積極的に意見を発言し行動を起こす
若者の姿勢があんまり感じられない。
私は、何故、日本人は大人はもとより戦後の自由な教育を受けて
きた若者までもが政治を論じることに臆病なのか、諸外国の若者
の政治に対する言動を見聞きするたびにそのことが気になってい
ました。
でも最近ふと思いついたことがあります。
これは政治のせいだ、教育の問題だ、戦後のほぼ一党支配に
近い自民党政治の国民を欺こうとした弊害であると。
敗戦直後、我われは、民主主義教育ということで、参政権(選挙)、
多数決、言論の自由、三権分立等々今ではあたり前のことを
教えられてきた。
しかし、戦後いつかの時点で自民党一党支配の下で国民が政治
に関心を持つような教育が意識的になされてこなかったものと
憶測されるということである。
何処かの総理大臣が過去にふと洩らした言葉のように投票率が
低いほうがわが党にとって有利であると発言したことがある。
教育者といわれる教育の専門家は、先進諸外国の民主主義教
育がどのように行われているかはかなり早い時期に承知し、
日本にもそのような教育が必要であると考えていたはずである。
国民にどのような教育をし、何を教えるかはその当時の政府で
あり、官僚が政策として方向性を出している。
その政策を決定する権限を有する政府が自身の安定政権を乱
すような教育案を承認するだろうか?
我われ国民は、民主主義における政治活動に参加する本来の
意義を教えられずして、政治は政治のプロに任せておけ、政治の
素人は口を出すなと思わされ、官僚主導の政権与党の思惑に
乗せられている。その結果が敗戦後60年、現状の社会である。
見方によっては、このことは罪ではないが、教えておくべき本来の
民主主義教育を意識的に承認しなかったとしたら無作為の罪に
問われべきである。
但し、教えられてこなかった国民にとって、この一党支配という
弊害で、長期にわたり国民が甚大な損害をこうむっているはずで
あるが、そのことさえも意識下に持っていない国民がほとんどで
ある。
例えば、民主主義教育というものが正しく行われていれば、先進
諸外国のように早期に政権交代という制度も確立していただろうし
、現在、あぶり出されている自民党一党支配による膿みは溜まっ
ていなかったと思う。
年金問題、官僚の天下り等の無駄遣い問題、福祉介護の問題、
少子高齢化の問題等々、挙げればきりが無いほど国民無視の
政策が行われた結果である。
これらのことを問われて、今でも「誰がやっても同じよ」と言い切れ
る人がいるだろうか?。
まず、日本人は自分が本当の民主主義教育を教えられていない
ということを認識すべきである。
知ってるつもりは間違いである。
あなたは、義務教育の過程で受験勉強という御旗の元で政治、
経済に対する討論をし、好奇心を高め、政治に関心を抱くような
教育場面を何回経験しましたか?