こんにちは、ブアちゃんです、ここ数日間は暑かったり寒かったりと体調を悪くしそうですので皆さんも気をつけて行きましょう、
早速本題に入りますが皆さんには「信頼出来る教育者」と呼べる方はいますか?どうしてこのような話しになったかと申しますと私の最も敬愛できる大切な親友の一人が学校の先生の道を歩もうとしています、目標としてきた「夢」がようやく手の届く所にまでやって来ました、しかしそのせいか「本当にこの道でいいのか?上手くやって行けるだろうか?」と不安や迷い、悩みもある事でしょう、今が人生の「分岐点」と言っても過言ではありません、もしその方みたいに同じ様な境遇で悩んでおられる人がいるようでしたら例え0.1%でも不安な気持ちが解れればと願いを込めてこの記事を書きます、今回のお話しは私と私の彼女の事をよく知る女性で誰からも好かれるような素晴らしい方です、以後長文になりますが皆様よろしければ最後までお付き合いお願いします、それでは本題に戻りますがここで「先生」のことを「教育者」と書いたのは学校みたいに先生と生徒のように社会に出ても仕事を教える先輩であり上司、仕事以外の遊びでもスポーツでも人に物事を教える立場の人はみんな「教育者」だと言えます、学校を卒業してもこの間柄が変わる事はないでしょう、何が言いたいかと言うと教える側、教わる側の人の気持ちがうまく釣り合わなければ良い結果は出ません、
果たして「信頼出来る教育者」とはどういう人なのか?仕事をテキパキと出来る人?同僚と仲が良い人?教育熱心な人?
私が思うには「信頼出来る教育者」とはどの視点から見るかによって全く方向性が違ってくると思われます、仕事をこなすというのは「教育者として」つまり先生として社会人として業務を全うする事か、それとも同僚とコミュニケーションが取れ、みんなが仕事をしやすい環境にするのか、それとも生徒の意見に耳を傾け、生徒の進路や学業、就職など生徒と積極的に向き合う事が出来る先生のことを言うのか?様々な視点で見れます、どこの部分を一番大事にしているかによってガラリと展開が変わってきます、「先生」と言うのは先程上記で書いたような視点で見れます、もし一般的に私のように工場で勤務されている方、職人の方、やサービス業や営業などの仕事を三角錐や四角錐で表すと、先生は360度の球と言える程大変な仕事だと思います、三角錐や四角錐みたいに底がある立体、つまり見えない所ですね、そこは「一服」ゾーンです、しかし球は底がなく全てが見えてしまってます、手を抜く間もなく常に「板挟み」状態ですね、自分の業務や同僚との人間関係、生徒とのコミュニケーションなど毎日が大変でしょう、やはり接する人の人数が多いければ多い程トラブルも多く、また生徒に関しては「教育者」次第で今後の人生を大きく左右されるでしょう、
まして今は昔と違い生徒の両親とも深くかかわります、私の学生時代はサングラスしていつも棒を持っている先生がいて生徒の間でのあだ名が「組長」でした、「口で言って駄目なら殴る」という先生も数人いましたが「組長」はまっ先に「殴り」でした、今では考えられないですよね、一発で懲戒免職です、でも私は「組長」を一番信頼してました、今思い出しても殴られた所が痛くなりますが「組長」は生徒のことをよく知っていたし一番思ってくれていた、全て自分の事の様に考えてくれた、今でも鮮明に覚えています、3年間「組長」にお世話になりましたが私達の学年の卒業式の時、「組長」は涙を流して泣いてました、ものすごく驚いた、「組長にも涙が…」とそれは冗談ですが組長に言われた「お前は一番出来が悪かったからお前の事は忘れてたくても忘れんやろな。」と言うのを今でも覚えています、現に今でも街中で私を見つけると40~50Mくらい離れた後ろから回りのひとが驚く位の大声で名前を呼ばれます、話しが少しズレましたが今の時代にそんな先生がいたら大問題ですよね、その当時でも先生同士の教育方針の違いや保護者からの苦情でいつも教育委員会に呼び出されていました、組長は生徒の事には熱心でしたが同僚とのコミュニケーションには欠けていましたし業務態度も悪く、業務内容も最悪で「この人は教員免許を拾ったんだなぁ」とよく思ってました、それによく生徒より早く帰宅してました、またまた話しがズレましたが100%の信頼出来る教育者は非常に難しいと思います、はっきり言って「無理」でしょうし正直いないです、これらの文は全て私の勝手な考えで書いてますので本業の人達には不快な気持ちにさせてしまっているかも知れません、それはお詫び申し上げます、結論から言って100%信頼出来る先生は無理、しかし少しでもそれに近づくことは出来ます、私が思うに結果を急がず何事にも「向き合う」という事が大切だと思います、生徒が卒業して10年~15年たって「そういえばあの時あの先生によく世話になったなぁ」と思い出してくれるだけでも生徒は十分信頼してくれていたんだと思います、先生にとってそれが最高の誉め言葉だと思います、大変長くなりましたが最後までありがとうございました、私事ですがあと一言、「姉さんファイトだぜ!!」を送ります、…ワイルドだろぉ~。
今日から本格的に仕事を開始、もっと覚える事ややらなけばならない事がまだまだあります、夜勤を挟んで変則シフトになります、
もともと人員不足の為、手薄になっている時間に勤務するシステムです、
そのためなかなか彼女にも逢えないと思いますが私達は深い絆で結ばれています、何の心配もしてません、淋しくて淋しくてたまらなくなった時は空を見る事にします、彼女も同じように同じ空を見ていることでしょう、些細な事で喧嘩したりこの先私達二人にいろいろな障害があるとしても乗り越えていく度にもっと絆が深まっていくと信じています、何も心配ないよ、私達はずっと一緒だよ可憐、一生愛しているよ。
皆さんこんにちは、ブアちゃんです、GWも明日で終わりですね、どのような休みを過ごされましたか?
また来週からバリバリと仕事して行きましょう。

所で私はある友人からツイッターと呼ばれる書き込みを見たり実際に書き込んだりするのかな?
ハッキリとはわかりませんがそういうのがあると聞きました、「ある一人の心ない書き込みで傷付く人がいる」と自覚を持って書いているのか、おもしろおかしく書いているだけなのか、実際に体験したのかまではわかりませんが、昔みたいに電話か手紙ぐらいしか情報源がなく、何らかの情報を得るにはある程度の時間がかかりました、しかし現代は情報が流れるのは恐ろしく速い、これがまた悪戯や誤報なら一度流れてしまった情報を訂正するのも一苦労ですよね、
本当の情報でも本人には言って欲しくない事、耳にしたくない事、触れて欲しくない事、人それぞれ絶対にありますよね、
それを面白がってか軽い気持ちでか知らないが、
一人が書き込みするのはテレビの全国放送以上の社会的影響があると認識して欲しいよね、
例えばある飲食店でのスタッフの態度に本人が気を悪くした事を書き込みしたら一気にそれは広がり時には経営が傾いたりします、
自分が怒りを覚えたような本当の事でも一度落ち着いて自分がそれを書く事によって社会では大きく変わるとよく考えて欲しい、
ましてや触れて欲しくない事や黙っていて欲しい事は絶対に何らかの合図が本人から出ているはず、
また人の外見についてや悪口を平気で書ける人はありえません、
ある書き込みを例にあげると「そんな陰険な書き込みをするくらいなら、直接したらどうだ」という意見に対して「直接言えないから書き込みする」とか「このサイトはこういう事を書くサイトだ」と意見している人、なんか子供の喧嘩と代わらないですよね、
多分「こういう場所での書き込みは当たり前」や「相手に直接言えないから書き込みする」という人は私個人的な意見を言わせて貰うと、この人達に相手の社会的影響や地位、相手がどれだけ傷付くか悲しむか?までは考えられていないと思います、もし私が腹立たしい事があり書き込もうとしても私は反対に怖くて書き込みはしないでしょう、
なぜならその時の感情で書くには相手には物凄いリスクになるからだ、それなら本人に伝えるでしょう、人によっては「目には目を」的に思っている人も多いでしょう、そういう人が多すぎたら裁判で次々と重い罰が出るでしょうね、
これはツイッターでも裁判でも言える事だと思います、人が人を裁くのは見えない所で様々な人達が苦しんでいると言う事を忘れないで下さい、大袈裟だと感じる人もいると思うが、傷付いた人はそれぐらい落ち込むと言う事、皆さん今一度相手の気持ち、社会的影響をよく考えて広い心で行きましょう。