アメイジング・ログハウス -31ページ目

こうした初等教育の義務化の浸透に伴い、教育は徐々に高学歴化へと向かった。


たとえば、中学校卒業者数は1895年には1170名であったが、1905年には9927名、1915年には2万852名へと増加していた。


これに伴い高等学校の入試が激化し、そのため1918年には新たな学制により高等教育の拡充化が展開されたという(『日本子ども史』)。


それは大学の序列化の始まりでもあったし、子どもたちは立身出世のためには、よい大学に進学することが求められたのである。


こうしたなかで、子ども室は受験勉強のための施設と考えられることも徐々に浸透していった。


そうした傾向は、1920年以降から既に始まっていたのである。