内田樹(たつる)という哲学者、思想家を教えてもらった。
僕のことを知っている人からすると、ちょっといつもとは違う話題でも書いてみようかと。
理系であることを言い訳にする気もないが、この内田樹という人のこと今まで全く知らなかったことを不覚にも少し後悔してしまった。実に面白い事を言われる方だ。
そもそも、樹という字が「たつる」と読めることも初耳であったのだが、内田先生のブログ「内田樹の研究室」 をチェックして、最初に読んだ「足元を見よ」 と「『内向き』で何か問題でも?」 で、すっかり私のお気に入りになってしまった。
展開する議論は視点が面白く、ユニークであるのだが、それでいて至極まともなのである。
目から鱗!確かにっ!ヒザをポンとたたく!そうだよな~!
しかし、一方で反論したくなることが、必ずと言っていいほど仕込まれている。恐らく意図的に。私はその術中に?まんまとはまって、頭の中では反論やそこから発展させた色々な考察が次々と沸いてくる。
今後、このブログで書き込むエントリの中には、内田先生の文章からインスパイアされた反論やら考察が必ずあると予言できる。(あたりまえだ、もう頭の中では出来上がりつつある。これば別エントリで、いつか。)
この人は面白いと思ったので、著作リストを見たら、さすがに凄い数の本を出されている。とりあえず、アマゾンのコメントを少し参考にしながら、ほとんどタイトルで決めて早速3冊ばかり購入し、通勤の時(往路限定)に読んでいる。
内田先生の話は、ほとんどの場合非常に分かり易いのだが、いかにも「哲学」らしい表現があったので、書き出しておこう。今読んでいる「疲れすぎて眠れぬ夜のために」という本からの一文;
ぼくが学生たちに向かってよく言うことは、「君たちにはほとんど無限の可能性がある。でも、可能性はそれほど無限ではない。」ということです。
実に、哲学。
よくわかったようで、わからない。(でも、なんとなく、かっこいい!)
2ページ後には、
自分の可能性を最大化するためには、自分の可能性には限界があるということを知っておく必要があります。
と、導かれる結論の一つを示している。そのとおりだ!ウッチー!!
でも、限界をどこに置いて考えるかで結果が変わるとすれば、可能性を最大化する最適の限界ってどこにあるのかなんて判るのかしら?それが判らないと意味ナイんじゃね?
と、思う訳である。
そう、色々と考える。色々と考えさせられる。それが哲学の始まりなのだろう。
僕のことを知っている人からすると、ちょっといつもとは違う話題でも書いてみようかと。
理系であることを言い訳にする気もないが、この内田樹という人のこと今まで全く知らなかったことを不覚にも少し後悔してしまった。実に面白い事を言われる方だ。
そもそも、樹という字が「たつる」と読めることも初耳であったのだが、内田先生のブログ「内田樹の研究室」 をチェックして、最初に読んだ「足元を見よ」 と「『内向き』で何か問題でも?」 で、すっかり私のお気に入りになってしまった。
展開する議論は視点が面白く、ユニークであるのだが、それでいて至極まともなのである。
目から鱗!確かにっ!ヒザをポンとたたく!そうだよな~!
しかし、一方で反論したくなることが、必ずと言っていいほど仕込まれている。恐らく意図的に。私はその術中に?まんまとはまって、頭の中では反論やそこから発展させた色々な考察が次々と沸いてくる。
今後、このブログで書き込むエントリの中には、内田先生の文章からインスパイアされた反論やら考察が必ずあると予言できる。(あたりまえだ、もう頭の中では出来上がりつつある。これば別エントリで、いつか。)
この人は面白いと思ったので、著作リストを見たら、さすがに凄い数の本を出されている。とりあえず、アマゾンのコメントを少し参考にしながら、ほとんどタイトルで決めて早速3冊ばかり購入し、通勤の時(往路限定)に読んでいる。
内田先生の話は、ほとんどの場合非常に分かり易いのだが、いかにも「哲学」らしい表現があったので、書き出しておこう。今読んでいる「疲れすぎて眠れぬ夜のために」という本からの一文;
ぼくが学生たちに向かってよく言うことは、「君たちにはほとんど無限の可能性がある。でも、可能性はそれほど無限ではない。」ということです。
実に、哲学。
よくわかったようで、わからない。(でも、なんとなく、かっこいい!)
2ページ後には、
自分の可能性を最大化するためには、自分の可能性には限界があるということを知っておく必要があります。
と、導かれる結論の一つを示している。そのとおりだ!ウッチー!!
でも、限界をどこに置いて考えるかで結果が変わるとすれば、可能性を最大化する最適の限界ってどこにあるのかなんて判るのかしら?それが判らないと意味ナイんじゃね?
と、思う訳である。
そう、色々と考える。色々と考えさせられる。それが哲学の始まりなのだろう。