声は頭蓋骨や声帯の形、筋肉、呼吸器系など体の器官により大きく変わってくる。もともとの声が甲高い人は、声帯が短いと言われている。体の各器官は生まれた時に、ほとんど決まっていて、育つ環境の影響もあるが80%は既に声質は決まっているようだ。


当時僕は非常に高音域に憧れを持っていた。外国人のあの力強い声にただひたすらに近づこうとそのことしか考えてなかった。初め中音域から始めていたが徐々に自分の限界の高さを維持するトレーニングを行った。

しかし、その音は音楽というよりただの叫びになり、自分のコントロール外の領域だった。
当然普通の歌を歌う時はその音は使えない。自分の最高音がBだとしたら、完全にコントロールできるのはGの音くらいまで。とよく言われるが若いうちはそれが素直に認められない。

巷で流れる歌はハイトーンのものばかりだし、キーを下げると歌っていて盛り上がりに欠けると感じてしまう。プロのコピーをする時などは特に違和感を感じる。バンドのメンバーにチューニングもしくはキーを下げてもらう時、なんとも後ろめたい気持ちになるのだ。

練習次第で音域は広がるというが、限界はある。バスの声がソプラノ、アルトまでは絶対に行かない。だが、自分に限界を設けてしまうとこれまでの生き方を自分で否定するような気がして、なかなかそう思いたくなかった。


「そうだ!外人並みの筋肉をつければすごい声になるかもしれない。よし!発声プラス筋力トレーニングだ!!」

授業終了後は、発声練習1時間半に、フィットネスクラブに入会し、マシントレーニングとプールで3時間費やし2年間がんばった。最初クロール100しか泳げなかったのが、慣れるといくらでも泳げるようになり、必ず2キロは泳いでいた。



で、結果として少しだけ音域は広がったが、あまり関係なかった気がする。もちろん簡単に結論を出せるわけではないし、もっといい方法があったかも知れない。しかし、「がんばったなあ」という達成感だけはひとしおだった。見た目の体はというと、元が骨細なので、体力はついてもやせたままだった。持って生まれてきたものを大事にしろってことかなあ、と勝手に解釈しています。