『記事のタイトルは「頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。」とてもショッキングな内容で言葉をなくしてしまうかもしれないが、一度読むことをオススメする。それでは、その記事を一部抜粋(引用掲載)して紹介したいと思う。

・おまえ、家ないのに頑張れる? 服も漫画も、化粧道具も、アルバムも、大事にしてたもんも、全部いっきに無い。よし、頑張ろう! って思える?す げぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう! 1人じゃない!」とか言うわけ。いや、おまえら家あるじゃん? そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。仕事もあるじゃんって。
・「いや、今はこっちで頑張るから、おまえらは1年ハワイでゆっくりしてきな」とか言われたい。「おまえらが帰ってくるまでに片づけとくから。家も建てとくから」とか言われたい。そしたら、俺だって頑張るよ。
・俺、1人で逃げてきたわけ。誰も助けなかった。おばちゃんとか、何人も追い抜いて逃げた。重そうなもの持ってる人とかもいたのに。もう100万回くらい、100通りくらい後悔している。
・そんな俺たちがさ、避難所で、CMでアイドルや俳優を見てさ、「一緒だよ、1人じゃない」とか言われるたびに、ああ、あの世界は自分たちとは、もう全然違ってしまったんだと思う。家がある人の言葉だなーと。安定してるなーと。そんなCMとかして充実もしてんだろうなーと。
・募金は嬉しいよ。で、ボランティアじゃなくて、ビジネスで、仕事として、町を復興に来てくれた方が、こっちも気兼ねなく色々頼めて気が楽。正直、ボランティアに「ありがとう」とか言うのも苦痛。

また、この人物は、その兄に泣きながら「何かできることはある?」と尋ねたところ、「正直、不幸になってくれたら嬉しい。俺たちを幸せになんてふざけたこと思わないで、俺たちの分、そっちもみんな不幸になってくれたらなー」と言われたようだ。
このブログ記事はネットで多くの注目を浴びており、これを読んだユーザーからは、「これが本当の被災者の気持ちだ」「一度この記事は読んだ方がいい」「重い言葉だ」「頑張れという言葉は、頑張れる状況にある人に使う言葉、今頑張るのは被災地以外の人たち」「これが本音だと思う」など数々のコメントが投稿されている。』


兄弟の会話みたいやけど、被災地の人達…多かれ少なかれ、皆 似たような気持ちはあるんやろね。

被災地以外では、結局は他人事でしかない。
他人事だから『頑張れ』とか『一人じゃない』とか言える。
他人事だと思ってるから、自分達に関わってくると、途端に拒否する。
福島県産の去年のお米が売れなくなってるのも、疎開してきた人達を拒絶するのも、被災地の瓦礫を処分するための受入に苦情を言うのも、他人事だと思っていたことが、身近になったことへの、自分と関わることになったことへの不安であり、拒否反応。

別に批難する気はない。これだけマスコミが煽り立てれば、情報が入り乱れて、結果 悪い情報だけが記憶に残るのは仕方ないし、我が身がかわいいの仕方ない。
この記事の兄にあたる人も、立場が違えは言ってることも違うだろう。
他人事なのも事実やし。

ただ…マスコミによって編修された視聴率のためのコメントではない負の本音が心に残った。

諸外国に絶賛された民族性の半面、日本の腐った組織感情が露呈した震災となっている…。