爽やかな五月晴れ、でも汗が滴り落ちている

九十九折のきつい坂道を登ると展望が開けた

分岐を左にとると四斗谷から立杭の集落に至る

西光寺山や三草山が顔をそろえている

険しい岩場
青空が覗く
10:25分、稜線に出た
やがて大きな岩塊にたどり着いた
修験道の行場に相応しい
本日一番のスポット・丹波岩
下から見上げる、上から見下げる
耀く34の瞳


やがて左手に役行者石像が祀られています
この方も全国各地を行脚されている
シロヤシオ?ちょっと違うかな?
いつも花に慰められ、情けを授かっています
急登が続きます
何回も立ち止り呼吸を整えるS氏
眺望が開けるところまで登って来ました
山頂まで三百㍍
立杭陶の郷分岐
立杭の郷

9:49分、虚空蔵堂に到着

寺伝によれば聖徳太子が鏑射寺(太子がお母様の菩提を弔うために建てたとされる・現在の住職中村公隆師が戦後廃寺となっていた伽藍を再建した)を建てられた時、夢のお告げにより西北の聖峰・岩辻山の山腹にもう一宇建立され、虚空蔵菩薩尊像を安置されたことに始まる

創建時は七堂伽藍があったとされ、天正3年には摂津・丹波・播磨の城主らが寺例の再建勧進に応じ荒廃した諸堂を旧態に復元したが
天正7年、丹波の波多野氏攻略に兵を勧めた明智光秀の軍勢により焼亡した
慶長8年、村人の協力により本堂、鐘楼、仁王門などが再び建立されたが、近世以降に寺領の没収や廃仏毀釈などで次第に衰微し、虚空蔵堂のみとなった
近年多額の浄財を得て本堂の大改築が行われ現況となっている
本堂前の鯱瓦は慶長8年の復興時に用いられたと考えられ、国宝・彦根城天守閣にも同形のものがある
登山道はお堂右側にあります
本尊の虚空蔵菩薩は、右手に知恵を表す宝剣を持ち、左手は胸の前で福徳の宝珠を持っていたと思われる
4月と9月には十三詣でと呼ばれる例祭が行われる
かっては女の子が十三歳になると、知恵と福徳を授かるために参詣していた
山彦耀のブログでは、焼津・虚空蔵山も紹介しています。是非ご覧ください