昭和3年志賀直哉が自ら設計し、数寄屋造りで有名な京都の大工に建築させ、翌年4月奈良市幸町の寓居から移ってきた
落ち着いた重厚な机
中庭
ここで「暗夜行路」を完結し幾多の作品を書きました
文人でありかつ美術にも造詣の深い彼を慕う文人、画家たちが多く集まるサロンにもなった
書斎・茶室・サンルームなどは志賀直哉の趣味をよくうかがうことが出来る平成4年から9年間過ごしました
近代的で、自然と平和と静を愛した、文人・志賀直哉の人間性が偲ばれます
2階の和室から庭を眺む
1階書斎の説明文1階書斎は北向きに置かれている
若い頃は北向きが好きだった。明るすぎると気が散るので机の上だけ明るく、ほかは薄暗いといふような窓の小さい部屋が好きで、吾孫子でも奈良でもそういふ書斎を作ったが、年のせいで、今は寒々とした書斎は厭になった
奈良でも仕舞には2階の南向きの六畳を書斎にし、北向きの書斎は夏だけしか使わなかった
2階6畳間で25年の歳月を経て書き上げた長編小説「暗夜行路」の終章・大山の夜明けがここで書かれた
この食卓に東京などから多くの文人や芸術家が招かれ晩餐会が行われたようです落ち着いた重厚な机
中庭








