12:58分、カモシカの立場
河童橋のたもとから首が痛くなるほど穂高を仰ぎ見たことが昨日のことのように思い出される
その時ただ頭上に立ちはだかる岩ばかりの穂高の姿に圧倒され驚いただけで、心から感動するといった深いものではなく、それまでに見た山々の風景とはあまりにも異質であったからで、このようなヨーロッパ風の山が日本もあったのかという単純な驚きにすぎなかったこの時から四分の一世紀に及ぶ穂高との関わりが始まったのである
穂高と出会う前にもいくらかの山を知っていた。元来私の登山はスポーツ的なものではなく、ただなんとなく放浪の心にとりつかれ、おもむくままに次ぎから次へと違った山をほっつき歩いては喜んでいたのであった
それでも山へ登る努力と苦労は次第に山への執着を深め、単なる尾根歩きやピークハンティングには満足出来なくなり、より困難な登高を志すようになって、岩登りと積雪期の登山に熱中し始め、まるで山に憑りつかれたような日々を過ごすようになるのである
この岩登りと積雪期の登山は、その後の人生に極めて大きな影響を与えた
それは常に「死」というものと直面し、それを目前の問題として避けることが出来ないという強烈な体験である
穂高の英雄I氏とT氏
I氏は山に魅せられ、北アルプスや南アルプスを厳冬期も含め一年中単独で登られています
ワクワク5割、ドキドキ2割、今回死ぬかも知れないという気持ち2割、という意識で山をやっておられます
山岳ガイドを志し、8000m峰を夢見ておられます
ガイドもヒマラヤの夢も実現されるよう心より祈念致します







