7:21分、ハイマツが茂る比較的なだらかな稜線を登る
穂高山荘、建設当初は1棟だけだった小さな小屋も、戦後登山者が増えるにつれ、大きくなっていった
白い花に足を停める
昭和33年(1958)、大増改築によって100人の「穂高山荘」として生まれ変わる
足を止めると前との距離が開くがすぐに追いつく
その後、重太郎のあとを引き継いだ二代目・英雄は、山荘をより快適にするため、先進的なアイデアで、様々な工夫を凝らしてきた
岩は鋭角で地上のものと色が違う
その一つが、発電にエンジンだけではなく太陽光発電と風力発電を使うこと
この辺りでよく見かけた白い花
稜線の山小屋ならではの地の利を生かし、石油燃料だけに依存するのではなく、自然エネルギーを利用した
ハイマツの生えている辺りはまだ大丈夫
昭和52年(1977)、重太郎も試みた風力発電を実用化。さらに太陽光発電、太陽光温水システムと、次々にアイデアを実現し、現在では1日の消費電力の大半を自然エネルギーで賄うに至った
登山路を示す○印
穂高山荘は平成20年(2008)、85周年を迎えた
これからもよりよい山小屋、穂高岳の自然と共生する山小屋をめざすその歩みは止まることはない
ハイマツ群が広がる。この辺りにライチョウが棲みつくようだ姿を隠しているのでしょうか
平らな所で立休憩








