近づくに従い冷気を感じる不思議なスポット
昭和2年、重太郎秩父宮さまの穂高岳縦走登山の案内を努める。この年早稲田大学山岳部、針の木岳籠川谷雪崩遭難
昭和3年、大島亮吉、前穂北尾根で遭難
昭和4年、奥穂高山頂に奥穂高神社の小社を置く
昭和8年、上高地にバス開通
苔
昭和11年、飛騨側棟が登山者の失火により焼失
岩の隙間からひんやりとした空気が噴き出している
地下の雪解け水が地上に押し出されているのかな?
昭和16年、西穂山荘開設
昭和17年11月、今田英雄、松井家の四男として生まれる
昭和20年、この年の登山者2名のみ
ゴゼンタチバナ
昭和21年10月、今田紀美子、松井家の次女として生まれる(紀美子平の名前の由来)
昭和22年横尾小屋開設
昭和23年、北穂高山荘開設
昭和24年1月松濤明ら、北鎌尾根で遭難
写真は六百山
昭和25年、奥穂高山頂の大ケルンが10年の歳月を経て完成
コオニユリ
昭和26年、重太郎新道完成。涸沢ヒュッテ開設
岳沢から前穂高岳への登山道のうち、一枚岩の難所を避けた2kmの新道を造る
前穂との分岐点にテントを張り、5歳の紀美子を遊ばせて、道造りをした。紀美子平のいわれとなる
樹林帯を抜けると、上高地への展望が開ける







