来週から穂高特集を連載いたします

お楽しみにペタしてね


12:51分、四条畷神社に到着

別格官幣大社(国家の忠臣を祭る特別の神社)

御祭神は楠木正成の嫡男・正行公(小楠公)はじめ25柱

正行は千早赤阪村で生まれた。南北朝時代、不利を覚悟で正統の天皇を守り、明治維新の思想的原動力となった

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大楠公は神戸湊川神社に祭られている

四条畷決戦は正平3年(1348)、当地において展開されました。敵将・高師直は6万の兵を率い万全の構えで待ち構えた

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正行は死を決し、吉野の如意輪堂に行き一族143名の名を留め鏃を以って板壁に

帰らじとかねて思えば梓弓無き数に入る名をぞ留むる

と辞世の句を残して出陣した

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多勢に無勢、正行は大東市字ハラキリで22歳の若さで討ち死にした。ご遺体は現在地に移され、小碑を建て両脇に楠木の若木を植えて墓とした

その楠木は成長して樹齢550年、大阪府指定天然記念物となっている

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桜井の別れ
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大楠公は死を覚悟の出陣にあたり、桜井駅(大阪府島本町)において11歳の正行公に「父の教えを守って正統の天皇に仕えるよう訓した
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子別れの碑は、この話に感激した英国公使・パークスが最初に建てた
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成人した正行はたびたび敵を破った。瓜生野の戦いでは、敗走する多数の敵兵が渡辺橋(現在の大阪市天満橋付近)から落ちて酷寒の中、溺れるのを助け上げ、傷の手当てをし、衣食を与えて京都に返した
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正義に燃えたる正行はナイチンゲールに先立つこと500年、すでに赤十字精神を発揮していた
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右手・狛犬
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楠公の誉れを称え風薫る
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左手・狛犬
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