松浦武四郎は八面六臂のマルチ人間、多芸多才で多方面に活躍した人物として知られている
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松浦武四郎碑のある山を下る

北海道の名付け親で幕末最大の旅行家、冒険家、登山家、ルポルタージュ作家、考古学、地誌学者、地図製作者でもありました

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明治18年、19年、20年の3回大台ケ原登山をしている。なぜ危険きわまりのない大台ケ原登山を敢行したのか
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開拓とは道を開き、道標を立て、休憩、宿泊のための小屋を作ることが目的だあったのだ
鉄斎と同じように秘境の魅力を感じたかったのでしょうか山彦耀のブログ
武四郎は大台ケ原での護摩修行之図を描き残している
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シオカラ谷小字小屋谷を過ぐ、此処に九尺四方の小堂あり、明治初年實利行者なる者、3年間籠居して修行せし所といふ
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此堂、明治7年官より之を焼棄つ

今あるのは明治20年、松浦武四郎氏の建つる所なり山彦耀のブログ

当時は神道の行者・小森増吉が此の小屋に居て大台ケ原山神社経営のことに任し、信者より寄付を募り、総檜にて社殿を建築中にて近傍に作事小屋などありて大いに賑わへり
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大台ケ原年表によると、1606年に天台僧・丹誠上人の入山記録がもっとも古い
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1720年頃、幕府採薬使が数回にわたり入山している
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1874年、大峯行者林実利が入山修行
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1891年古川嵩、入山修行

1893年古川嵩、大台教会建設に着手

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