在るがまま生きるを良しと決めし夜揺らぐ心に楔打つなり・・・東野恭子
久能山には推古天皇の頃(592~628)、久能忠仁が建立したと伝えられている久能寺があった
静岡茶の始祖といわれる聖一国師がここで修行し多くの名僧が往来し隆盛をきわめた
1568年、武田信玄が久能寺を現在の鉄舟寺に移し、要害の地に久能城を築いた
しかし、武田信玄の滅亡とともに徳川領となった
家康薨去後、二代将軍・秀忠によって社殿が築かれ、我が国最初の東照宮である
神庫・神楽殿・鼓楼などの建物は需要文化財である
五重塔跡
久能山には推古天皇の頃(592~628)、久能忠仁が建立したと伝えられている久能寺があった
静岡茶の始祖といわれる聖一国師がここで修行し多くの名僧が往来し隆盛をきわめた
1568年、武田信玄が久能寺を現在の鉄舟寺に移し、要害の地に久能城を築いた
しかし、武田信玄の滅亡とともに徳川領となった
家康薨去後、二代将軍・秀忠によって社殿が築かれ、我が国最初の東照宮である
家康の手形
慎重55センチ、60kg
手を重ねてみたが、小生よりかなり小さい
楼門神庫・神楽殿・鼓楼などの建物は需要文化財である
五重塔跡









