猿岩から沢城への道は踏んだ跡が少なく草わらとなっており、夏季は歩くのは困難かもしれない
しかも雨でぬかるんでいて滑りやすく靴も泥んこになりました
しかし、この分岐から沢城出の丸までの道は良い
沢城址は伊那佐山より南西へ約3.5km付近(538m)にある山城です
大貝からの道は比較的整備されていました
城山と呼ばれている山上には本丸、二の丸、三の丸、出の丸などの跡があり、平坦面、土塁や掘割などの遺構が残っています
二の丸、三の丸への道は背丈の高い笹原となっており、この時期でも通るのには一苦労しました
遭難するかと心配した方もいたようです
麓の沢地区には下城と呼ばれる館跡(下城、馬場遺跡)もありますこの城は正平の頃(1346~1370)に宇陀三将のひとり沢氏の本城として造られ、天正の頃(1573~1592)に廃城となったようです
新4年生の雛ちゃん、この年にしては言葉を多く知っており、子供と話しているようには感じませんでした
永禄3年(1560)から永禄10年(1567)まで高山飛騨守図書が城主となり、高山右近も幼い頃ここで過ごしました
出の丸で憩う仲間たち
この日は我々のグループだけでした
沢城や高山飛騨守は、ポルトガル人ルイス=フロイスの日本史にも記されています出の丸で本日の足固め式を行いました
当時の遺構を残す貴重な中世・室町時代の城郭の一つです








