3歳の冬、少女の足に激痛が走った。病院での診断は突発性脱疽。肉が焼け骨が腐る難病で切断しないと命が危ないという。
それから間もなく、少女の左手が5本の指を付けたまま、手首からポロっともげ落ちた。そこで両親は手術を決断、両腕を肘の関節から、両足を膝の関節から切り落とした
少女はダルマ娘と言われるようになった
5歳の時に父が死亡、9歳になったころ母が猛烈な訓練を始めた
手足のない少女に着物を与え、「ほどいてみよ」「ハサミの使い方を考えよ」「針に糸を通してみよ」、できないとご飯を食べさせてもらえない、必死だった
小刀を口にくわへて鉛筆を削る、口で字を書く
葉と唇を動かして肘から先がない腕に挟んだ針に糸を通す。その糸を舌でグルッと回し玉結びにする、血が滲む努力、それが出来るようになったのは12歳の時であった
「両手両足を切り落とされたこの体こそが、人間としてどう生きるかを教えてくれた先生であった」
中村久子さんは断言した
「人生に絶望はない。いかなる人生にも、決して絶望はない」
(3月4日付・読売新聞広告より)