15:18分、橿原神宮東側の門
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神武天皇の皇居と伝える宮。日本書紀によると畝傍山の東南の地で、橿原神宮はその付近を有力な伝承地とし、明治23年(1890)に建立されました
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御祭神は神武天皇と皇后・媛蹈韛五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)
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神武天皇は天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)より4代目に当たり、初代天皇の位につきました
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皇后の媛蹈韛五十鈴媛命は大物主命(おおものぬしのみこと)の娘です
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橿原のとほつみおやの宮柱 たてそめしより国はうごかず・・・明治天皇

さざれ石:もともと小さな石、細かい石という意味であり、この石の集まった隙間に炭酸カルシュームや水酸化鉄が入り込み、固まってこのような一つの石になりました

学術名は「石灰質角礫岩」です

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「君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで」

<日本国が、さざれ石(悠久の歴史に中、国民)が結束して(巌)となって、その岩に苔が生えるまで末永く栄え、平和でありますようにと云う意味であります

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「橿原の宮のおきてにもとづきて わが日本の国をたもたむ」・・・明治天皇
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御由緒:神武天皇は天壌無窮の神勅を承け、天業をおし広めんとして、九州日向国の高千穂の宮から東遷の壮途に就かれました

そして、国内を統一せられ、畝傍山の東南・橿原の地に皇居を営んで即位の礼を行いました

明治時代になって、天皇の御聖徳を景仰して民間有志から神宮創建の請願が起こりました

明治天皇はこれに深く嘉せられ、元京都御所の賢所と神嘉殿を本殿と拝殿として下賜され、明治23年4月2日官幣大社・橿原神宮として御鎮座になりました

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