嘆く世も桜美しく友苑の里
海軍航空戦力増強を目的として、航空幹部を育成するため、昭和12年以来終戦まで旧制中学高学年よりの志願者について選抜されし者にして、第1期生より第16期生までの数、148,115名なり
人間爆弾「桜花」「橘花」「秋水」の搭乗員として出撃
また、沖縄決戦において「神風特別攻撃隊」として活躍せし者等なり
華々しく体当たりの末、南海の底深く散華せり
甲飛予科練出身者六千数百名中、一千五名を数う
まさに最大の英霊たり
修験発祥大峯山の麓、吉野天川村洞川の清流にありし清石を採石し、神武建国の地・畝傍の森「橿原神宮の聖域に、永遠の世界平和を念じつつ、散華せし戦友の氏名を録し、英霊の万古に安らからんことを祈念しつつ、13期生生存者一同これを建つ絆の錨
錨に生きた若桜、残る桜も散る桜
知覧の特攻記念館に展示されていた21歳の特攻兵の句を思い出した
「畔の草召しだされて桜かな」、達筆な毛筆で書かれてあった。これを見た東大寺の管長がしばらくその場を離れられなかったという








