9:48分藤原宮跡

694年から710年まで16年間日本の首都であった

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約1km四方の規模の藤原宮には天皇が居住する内裏、政治と儀式の場である大極殿院・朝堂院のほか様々な役所が並んでいた
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人有り、我有り

醍醐池に建てられた供養塔

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醍醐池は醍醐町民に潤いを与えてきたことは計り知れない

また行商の為にこの地に訪れ不幸にして斃れられた方や、封建時代が故に公に出来ない為、この醍醐池に埋葬された方が数多くいると言われています山彦耀のブログ

現在は地元の手を離れ文化庁の旧跡保存管理下にありますが、過去にこの醍醐池で亡くなられた人々の冥福を祈ると共に住民の安全と幸せを願ってこの供養塔を建立する、とありました

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「春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香久山」・・・持統天皇

(春が過ぎて夏がやってきたらしい。真っ白な衣が乾かしてある。天の香久山に)

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大阪大学名誉教授・犬養孝書
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鴨公祥社
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藤原宮略図
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藤原京は、持統天皇8年(694)から和銅3年(710)まで、持統・文武・元明天皇三代にわたる都でした
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藤原宮はその中心部にあり、現在の皇居と国会議事堂、霞が関の官庁街とを1ヶ所に集めたようなところです

大極殿の柱が建てられていた場所を復元したものです

背後は、天香久山、多武峰608m(藤原鎌足が山上の藤樹の陰で中大兄皇子と蘇我氏討伐の謀議を凝らした)

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