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古の山岳信仰の聖地
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下山神社由緒:元徳2年(1330)大神山神社を尊信した備中郡司・渡辺日向守一子照政公は参拝の帰路奇遇に会い不慮の最期を遂げ、人々これを憐れみ大山下山の地に子祠を建て下山神社と呼んだ

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北壁の懐に抱かれる大山寺は、その面影が色濃く残り、点在するパワースポットを巡る「スピリチャルウォーク」が人気らしい
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大神山神社奥宮
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大神山とは大山の古名で大国主命(大黒さま)が祭ってあります

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社殿は文化2年(1805)の建立といわれ神仏混淆時代の神社の特徴である権現造りという形式で、中国地方でも大きい方の神社です
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参道の途中にある神門は、門の表裏が反対になっているので「後向き門」と言われている
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いずれも国の文化財に指定されており、毎年6月初めの山開き祭りはここで行われます
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平安時代にはこの奥の宮を中心として三院百八十坊、僧兵三千の西日本一の霊山となり、以来時勢により盛衰を重ねていましたが、明治八年神仏分離令により、大神山神社奥宮となりました
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現在の建物は重要文化財に指定されています
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日本最大級の権現造りで、内部には彩色豊かに長大な柱や長押しの白檀塗は日本一と言われている
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正面の社号額は明治維新政府の総裁であった有栖川宮熾仁親王の揮毫である
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御神徳、農耕、畜産、病気平癒、交通、開運、勝運、良縁の御利益があると言われています

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下山神社由緒の続き:数々の霊験があり、後、夢のお告げによりこの地に奉遷したもので、多くの武将の信仰があり、現在の社殿は代々の信仰が篤かった石州津和野の領主・亀井隠岐守矩賢公が文化2年(1805)に再建されたものです
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重要文化財に指定されています
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