12日・9:55近江坂本・西教寺を訪ねる

境内に坂本城主・明智日向守光秀とその一族の墓がある山彦耀のブログ

1571年9月、信長は比叡山を中心に近江の国の寺院の大半を焼打ちにした
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西教寺も全山類焼の厄に遭った
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その後、再興に尽力したのが明智光秀で浜坂本に坂本城を築城し、一帯の復興にあたり、西教寺の大本坊を増築した

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山崎の合戦に敗れて非業の最期を遂げ、光秀一族と共に当寺に葬られたと言われている
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爾来当寺では光秀の菩提のため毎年6月14日に光秀忌を営み供養している
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供養塔には:秀岳宗光大禅定門南無阿弥陀仏と刻まれている
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明智光秀辞世の句

順逆無二門

大道徹心源

五十五年夢

覚来帰一元

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光秀はこの偈を溝尾庄兵衛に託して自刃した
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大意は、修行の道には順縁と逆縁の二つがある

しかしこれは二つに非ず、一つの門である

即ち、順境も逆境も実は一つで、究極のところ

人間の心の源に達する大道である

而してわが五十五年の人生の夢も醒めてみれば、すべて一元に帰するものだ

光秀の深い教養と人生哲学をが感じられる句である

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